フンコロガシの飼育には、広いスペースとともに大量の草食動物の糞が必要です。当時のフランス農村部では、家畜の糞は畑の肥料にし、余ったぶんは業者に売られ、収入の足しにされていました。糞が捨てられることはほぼなかったので、大量の糞を集めるコストは高くついたのです。
それでもファーブルは、フンコロガシが幼虫からどのように成長していくのかを知りたいと願い、まずは産卵させようと20匹ほどのフンコロガシやその他の糞虫(ふんちゅう)と呼ばれる甲虫たちを集めました。問題のエサについては、隣の家の下男を買収し、その家の馬糞を分けてもらうようにしました。

この時、フンコロガシたちの毎日の「朝飯代」が「25サンチーム」かかりました(100サンチーム=1フラン)。糞を巣穴に運び入れる以外の時間はずっと食事をしているような昆虫ですから、1日の食費は50サンチーム相当でしょうか。
月給133フランのファーブルの日給は約5.3フランなので(1カ月あたり25日働いた計算)、フンコロガシのエサ代に日給の10分の1も費やす必要がありました。
ファーブルは、「くそむしの家計の予算がこんな金額に上ったことは一度もなかったろう」と憎々しげに書いています(山田吉彦、林達夫訳『完訳 ファーブル昆虫記』)。
19 世紀中盤のパリにおいて、全労働人口の平均的な日給は3.8フラン程度、肉体労働者の平均日給が2フラン50サンチームでした。労働者階級にとっては、フンコロガシの毎日のエサ代は毎日の稼ぎの約5分の1にも相当し、小さな子どもが一人増えたくらいの出費に感じられたかもしれません。