一生かけての償い
数日後、私は、西麻布の隠れ家でヒロキと密会した。
「5月13~14日、オレ詐欺の店長クラス(中核メンバー)から、『仕事があるんだけど、人手が必要なので何人か出せませんか』と依頼がありましたよ。仕事の内容を聞くと、15日早朝、スキミングしたカードを使って、コンビニのATMから一斉に現金を引き出すということだったので、危ないと思い断りました。その後も別の店長たちから同じ仕事の依頼があったけど、もちろん断りました。でも、オレ詐欺の店長クラスが何人も依頼してくるからには、5月15日早朝、コンビニのATMから一斉に現金を引き出す計画が本当にあると確信しましたよ」
私は、“スキミングしたカード”と聞いて、松井らの関与を疑った。
結局、5月15日の被害は18億円超となった。
「南アフリカの銀行のカードがスキミングされたようだけど、松井や紙谷が関与していてもおかしくないな」
「可能性は高いですね。依頼してきた奴らに聞いたところ、みんな成功したと言っていました。集金役を兼ねたリーダーを頭に3~4人一組になって車で移動しながらやったらしいです」
さらにヒロキは言う。
「今回の件には中国人が絡んでいて、愛知と九州で4億くらい引き出したと言っています。去年の12月にもやったと言っています」
確かに、ヒロキが言うとおり、「12月27日、7都県で約1億が引き出される」という朝刊記事を見付けることができた。
その後、ヒロキの紹介で、実際にスキミングしたカードを使って現金を引き出した連中に接触し、計画から実行に至るまでの具体的な手口を聞くことができた。それに連れ、南アフリカ⇒中国⇒日本に至る太いラインが存在していることがうかがえた。
時事通信(2020年9月4日)によると、「松井容疑者とみられる男は16年12月ごろ、南ア国内の海岸で木に首をつった状態で死亡していた。同容疑者の名前が書かれた遺書のような日本語の文書を所持し、『迷惑を掛けた』という趣旨の内容が書かれていた。今年5月、南アの捜査当局から外務省を通じ、日本の警察当局に連絡があった。現地から届いた遺体の指紋は松井容疑者と一致したという」
あのとき、身柄の引渡しが実現さえしていれば、松井に一生かけて罪を償わせ、自死するわがままを許さなかったはずである。
これが、犯罪捜査の前に高くそびえ立つ分厚い「国境の壁」という現実である。
その壁を突破できる日がくるのは、いつのことだろうか。
警察庁長官狙撃事件は、なぜ解決できずに時効を迎えなければならなかったのか。濃厚な容疑を持つ人物が浮上していながら、なぜ、オウム真理教団の犯行に固執しなければならなかったのか。日本警察の宿命を説く第一線捜査官による衝撃の手記。