2022.01.15

日本で一番スゴイ「怪物投手」ベスト10を大公開…!第1位に輝いた「ピッチャーの名前」

週刊現代 プロフィール

結果、1位に輝いたのは日ハムの前身、東映の尾崎行雄('65年)だ。

378回を投げて27勝を挙げ、WARの値は11・08。2位以下も25勝の鈴木啓示('78年近鉄)、17勝の村田兆治('79年ロッテ)と往年のエースたちが並ぶ。

目を引くのが4位の木田勇('80年日ハム)だ。

ルーキーにして22勝、防御率2・28、225奪三振と投手三冠を達成。

新人王ほかタイトルを根こそぎ獲得している。

ところが、翌'81年に10勝を挙げると以後低迷し、二度と二ケタ勝利を挙げることはなかった。

栄えある第1位は…

木田は当時まだ珍しかった落ちる変化球、パームボールを駆使して打者たちを幻惑させたが、2年目以降は通用しなかった。単年のデータを見なければ浮かび上がらない「幻のエース」とも言うべき存在だろう。

4つのデータから導いた「最高の投手」を決める前に、番外編として'64年以前の「殿堂入り」メンバーたちを見てみよう。

 

前述の投手WARを用いて比較すると、'64年以前の第1位は南海が生んだ「史上最強のアンダースロー」杉浦忠('59年)。WARの値は12・93と断トツの数字だ。

それもそのはず、この年の南海の全88勝のうち4割超の38勝を、杉浦がたった一人で挙げているのだ。おのずと、勝利への貢献度も跳ね上がる。

以下、35勝の権藤博('61年中日)、42勝の稲尾和久('61年西鉄)、30勝の土橋正幸('61年東映)、29勝の金田正一('55年国鉄)と、一人でチームの屋台骨を支えていた大エースたちが続く。「リリーフ」という概念がなかった時代にしか成立し得ないデータと言えよう。

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