量子コンピュータは何がすごいのか? NASAとGoogleが世の中の空気を変えた

未来を変える可能性のカギとは?
リケラボ プロフィール

NASAとGoogleが、世の中の空気を変えた

——量子アニーリングマシンは、既に市販されています。

2011年にカナダのベンチャー企業D-Wave Systems社が開発しました。この会社はもともと社名の通りD-Wave、つまりd波超伝導を研究していたそうです。ところが超伝導関連の技術は進展していったものの、なかなかビジネスとして軌道に乗らなかった。

そこでマサチューセッツ工科大学(MIT)に相談に行きました。その相談相手となったMITの研究者は、量子アニーリングとはいわず量子断熱時間発展(Quantum Adiabatic computation)と呼んでいたそうですが、要するに量子アニーリングとまったく同じメカニズムの計算法を思いついていました。この計算プロセスを実現するためには、超伝導集積回路が必要、つまりD-Wave Systems社の技術を活かすことができると期待されたのです。そこで量子アニーリング方式によるマシンをつくろうとスタートしたのが2006年ぐらいだったと聞いています。

——当時のD-Wave Systems社の動きを西森先生はご存知だったのですか。

噂レベルでは色々と聞こえていたとは思います。私も2004年から2010年まで西森研究室に所属していて、量子アニーリングに関連する隠れたやりとりについては聞いていました。その意味ではなんとなく量子アニーリング方式のコンピュータ開発が進んでいるのだ、もの好きな人はいるものだな、と認識はしておりました。

量子アニーリングの研究は我々の研究分野の中でも割と亜流で、面白い部分はあれど本当に組合せ最適化問題を解くということを考えて利用するなど思ってもいなかったのですね。というのも、量子アニーリングの有用性は、それに対応するシミュレーテッドアニーリングという、それこそ「0」と「1」をでたらめに動かしながら良い答えを探索する方法があるのですが、それよりは早く問題を解くことができるよ、というレベルだったのです。しかもゆっくりと丁寧にその計算を進めていくと早く正しい答えに到達できるという意味です。とにかく早く正しい答えを求めようとする現実的な利用法について、真面目な、というか実用的な路線で研究が進められていたわけではなかったから、量子アニーリングをある意味真面目にやろうとする人がいるとは思っても見なかったです。

ある国際会議で西森先生が「D-Wave Systems社が量子アニーリングマシンをつくっているらしい」と話したところ、講演後に学会の大御所から「あいつらと関わると良くない」と諭されたそうです。要するに当時はまだ、量子アニーリングはもとより量子コンピュータが実現するなどとは、学会では誰も予想さえしていなかったのです。今ではD-Wave Systems社が量子アニーリングを実現しており、それが今の量子コンピュータの研究開発の盛り上がりの一端を担っていることは間違いありませんから。未来はわからないっていうことですね。

——2011年に実際に量子アニーリングマシンが実用化されたわけですね。

ニュースを聞いたときには我々も半信半疑で「そうですか」ぐらいの感覚でした。何せ、もの好きな人がいるものだなあくらいの気持ちでいましたから。ところが2013年にNASAとGoogleがD-Wave Twoを共同購入し、Quantum Computing AI Laboratryを設置、本格的に研究を始めると関係者の間で一気に空気が変わっていきました。西森先生も次第にそうした研究グループとの交流が始まり、私にもコメントを求めてくるようになりました。

特にその頃私自身は量子アニーリングそのもの以前に、最適化問題や機械学習といった現代のデータ科学の基盤となる技術に興味を持っていたため、量子アニーリングマシンの上手い活用法はないかと議論したものです。私は量子アニーリングマシンを機械学習のこのプロセスに利用できると提案したのですが、そこまで精密な機能はないだろうとあまり響かなかったようですが、その後実際にNASAの研究グループでは、提案した内容と同じように機械学習で試験的に活用していましたね。

——その後の10年でD-Waveは、かなり進化したのではないでしょうか。

指標の一つとされる量子ビットの数が、飛躍的に増えています。2019年の段階で2048量子ビットだったのが、現時点では5000量子ビット超にまで到達しています。最初にできたD-Wave Oneが128ビットだったことを思えば、長足の進歩です。だいたいD-Waveのマシンは2年に1回のペースでバージョンアップしているので、来年か再来年にはさらに倍ぐらいになっている可能性もあります。先日の国際会議Qubits21では7000量子ビットのマシンが予定されていることを公表していましたね。その背景では超伝導に使う金属を変えたり、回路のネットワークを変えたり、ノイズの低減に工夫したり、と様々な点で進化させています。

圧倒的な省エネ性能が秘める爆発的な可能性

——量子アニーリングマシンが得意とする組み合わせ最適化問題は、なぜ従来のスーパーコンピューターでは解けないのでしょうか。

コンピュータの速さは、計算の速さと手際のよさで決まります。計算の速さとは、コンピュータそのものの動作速度を意味します。手際のよさとは、ひとつの解答を出すまでにコンピュータ内部で行われている細かい計算の数によって決まる速さです。

先ほども説明したように、量子コンピュータの最大のメリットは、計算の手数が圧倒的に少なくなる可能性を秘めている点です。この潜在能力を組合せ最適化問題を解くことに生かすことはできないのか、という期待があったわけです。ただ期待は期待でしかなく、組合せ最適化問題の本当に難しい問題については、そうした計算性能を利用しても、太刀打ちできないだろうと考えられています。だから量子アニーリングマシンがあれば、全てが解決するとかそう言ったことはありません。

ただこれまでの最適化問題を解く方法とは異なる考え方を中心的に持つなど、ある種のパラダイムシフトを牽引したところが本質的に面白いところだったのかもしれません。そうした背景から量子アニーリングマシンの動作を真似たコンピュータや新しい計算手法が次から次へと登場して、量子アニーリングマシンに対抗して、組合せ最適化問題を解くマシンが揃っていきました。

——その計算能力を人類はさまざまな組合せ最適化問題に応用できるのですね。

もちろんです。例えば複数の要素の絡んだ製造工程の計画問題なら効率的なスケジュール計画を立てられるでしょうし、機械学習の実行に必要な計算なども高速に実行できるようになるでしょう。量子アニーリングマシンが得意とするのは「複数候補を検討して、最適解を絞り込む問題」といえばわかりやすいかもしれません。

もう一点、量子アニーリングの大きなメリットが、圧倒的な省電力性能です。現状のコンピュータでやるのと同じ計算を、極めて省電力でできるのが量子アニーリングマシンです。計算を行っているプロセッサの部分での消費電力が圧倒的に少ないというのが特徴です。現状の量子アニーリングマシンでは超伝導量子ビットを利用していますが、この中で消費されている電力は永久電流の恩恵でほぼゼロです。超伝導状態を維持するための冷却装置の電力消費はまだまだ巨大なものですが、技術革新や、超伝導量子ビットではない他の量子ビットの実現技術で代替されることで、この状況も変化するでしょう。

コンピュータによるエネルギー消費は、ネットワークを介してコンピュータがさまざまなサービスを提供するように構築された現代社会ではふくらむ一方です。だから量子アニーリングマシンや量子ゲート方式のマシンが普及したときには、いまのコンピュータでエネルギーを猛烈に使って計算している内容を、一部でも良いから省電力に抑えていくことができるようになるのではないかと期待されるわけです。

——となると、量子アニーリングマシンをたくさんつくって動かせば、とんでもない計算を瞬時にできたりするのでしょうか。

現状の量子アニーリングマシンでは、どうしても解ける問題の規模が限られているというのがボトルネックの一つとなっています。大規模な問題を分割して解くこと、その結果をうまく統合すること、その画期的な手法を開発することで、異次元の計算が可能になるかもしれません。その際に電力消費や計算時間において、これまでのコンピュータとは異なるスケールで利点のある方法となるかもしれません。

最適化以外にも量子コンピュータの画期的な利用法や適用対象を模索して、世界中で競争が進められているのが現状です。成功すれば一躍世界のトップランナーとなれる可能性が開かれています。量子アニーリングマシンなら基本的な数式さえつくれれば簡単に使えますから、具体的な例としては、マテリアルズ・インフォマティクスへの適用などが有望と考えられています。

量子アニーリングマシンで計算を行う際の基本関係式。解きたい問題をこの形式に書くことさえできれば、すぐに計算できる

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