サステナビリティを学び、体感できる国内外の旅の特集号(FRaU2021年12月号)第一弾でクローズアップした徳島県。徳島の女性=「阿波女」は、伝統的に働き者で明るく、自立心旺盛といいます。そんな阿波女スピリットを胸に社会に貢献する徳島育ちの女性、ミス・ユニバース・ジャパン ナショナルディレクターの美馬寛子さんをご紹介します。

美馬寛子
中学生のときに10万人に一人とされる難病ギラン・バレー症候群を発症したが、克服して走り高跳びで全国大会に7度出場。2008年にミス・ユニバース日本代表となり、世界大会ではTop15、Best of Asiaの成績を収めた。2018年に「MY group」社を設立し、日本人女性初となる「ミス・ユニバース・ジャパン」の運営権を獲得。世界へ羽ばたく人材育成に尽力する。

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元ミス・ユニバース日本代表が次世代に託す想い

彼女があらわれた瞬間、場の空気が華やいだ。8頭身のすらりとした長身に、温かみのある笑顔。ミス・ユニバース日本代表のオーラはいまも健在だ。美馬寛子さん。彼女もまた、3歳から阿波おどりを踊って育った生粋の阿波女だ。中学1年のときに難病ギラン・バレー症候群を発症したが、克服したのちは走り高跳びに打ち込んだ。

「ミス・ユニバースの世界を知ったのは大学3年のときです。2006年に知花くららさんが世界2位に輝き、翌年には森理世さんが優勝された。私と同年代の方々がこんなふうに活躍できる舞台があると知って、次の瞬間にはもう飛び込んでいました」

2008年に日本代表に選ばれると、各国を代表するミス・ユニバースたちとの1ヵ月間の共同生活が始まった。社会貢献活動(ボランティア活動)、イベント出席、リハーサルなどを行う日々。迎えた世界大会ではTOP15入りを果たし、アジア首位の快挙を成しとげた。美馬さんが大舞台で輝けた理由は何だろうか。

「きっと、ほかの代表たちに負けないくらいの個性を表現できたからだと思います。実は、この部分を鍛えてくれたのは阿波おどりでした。阿波おどりは全身で喜怒哀楽を表すドラマチックな踊りです。私は幼い頃からその表現方法に触れ、鍛えられていたのかもしれません。もっというと、阿波おどりは老若男女が集まって1年かけて練習し、本番に向けて高めていきます。各国のミスたちと力を合わせて大会を作り上げていくミス・ユニバースの世界と、よく似ているんですよ」