2022.02.21
# 勉強法

オックスフォード大教授が教える「デマ」や「陰謀論」にハマる人の思考法

名著『知的複眼思考法』に学ぶ(1)
苅谷 剛彦 プロフィール

印象や憶測が「世論」をつくってしまう

他者を批判するとき、人は簡単に、自分を善玉の側に置く。ところが、そうした区別自体が、どういうからくりで出来上がっているのか、区別自体を生み出す線引きのしかたが、どういう文脈から生まれてきたのか、その線引き自体にはどういった意味があるのか、といったことには目が向かない。

改革派か抵抗勢力かを善玉悪玉に重ね合わせることができるほど、事態は単純ではないし、両者の区別のしかた自体、特定の利害に結びついている可能性もある。「抵抗勢力」を一掃すれば、問題が一件落着するほど、ことは簡単ではないのだ。

そういうことがわかっていながら、白黒どちらかの側に身を置いて問題を見てしまう私たちは、いったい自分の頭で考えているのだろうか。しかも、そうした単純な二分法的思考の中で、印象や憶測にもとづく判断が社会全体の「空気」を作り出している。特定の政治家への人気、不人気にしても、政策の中身を吟味しないままの支持や不支持にしても、テレビに映し出されるイメージや印象によって左右される。それを私たちは「世論」と呼び、そこに社会的な影響力を与えているのである。

それでも、私たちは日々何らかの選択や決定をしながら生きざるをえない。昼食から牛肉の入ったメニューを排除するのも、不正の発覚したメーカーの製品を買い控えるのも、わずかな預金を銀行から郵便貯金に移し替えるのも、公立学校が頼りなさそうだからと子どもを塾に通わせ始めるのも、特定の政治家のイメージをショーアップするワイドショーにチャンネルを合わせるのも、それぞれが政治的・経済的・社会的な意思表示であり、日々の選択、決定である。

そして、こうした選択や決定のしかたが、社会全体の空気に流されていたり、そうした流れを強めたりしている。「わかっちゃいるけどやめられない」この流れを変えるためには、今一度私たち自身が、自分の思考力、判断力を強め、空気を振り払うしかない。

  • 『成熟とともに限りある時を生きる』ドミニック・ローホー
  • 『世界で最初に飢えるのは日本』鈴木宣弘
  • 『志望校選びの参考書』矢野耕平
  • 『魚は数をかぞえられるか』バターワース
  • 『神々の復讐』中山茂大