マントルからの贈り物
地震波の観測から、マントルは地下2900kmまで続くことがわかっている。プレート衝突地帯で露出するマントルは、せいぜい深さ100kmまでだ。その下の物質は手に入るだろうか。
マントル深部の物質が手に入る場所がある。
たとえば、火山。マントル深部から上昇してきたマグマを噴き出した火山では、マグマの引き連れてきたマントルの岩石が手に入ることがある。日本では、秋田県男鹿(おが)半島の一ノ目潟(いちのめがた)が、マントルに由来するマグマの噴出跡として知られていて、その周辺でカンラン岩が見つかる。
マグマとは、岩石が融けてできる液体のことだ。地球内部には、岩石の一部が溶けてマグマをつくる場所がある。マグマは周囲の(融けていない)岩石よりも軽いので浮力を受け、地表まで浮き上がる。じつは、地殻はマントルの一部が融けて地表で冷え固まったもので、マントルと地殻は親子のような関係と言える。大陸地殻も元をたどればマントル由来のマグマなのだ。
ダイヤモンド鉱山として掘削されている場所も、マントル深部から噴出したマグマの通り道である。
ご存じのとおり、ダイヤモンドは炭素の結晶だ。地球内部で二酸化炭素やメタンとして存在していた炭素が、地球内部の高い圧力下で還元されたり酸化されたりして、ダイヤモンドをつくる。どれだけの圧力が必要かというと、5万気圧以上――深さ150km以上に相当する。
ダイヤモンド鉱山は、150km以深のマントルに由来するマグマの通り道というわけだ。逆にいうと、ダイヤモンド鉱山では、ダイヤモンドとともに上昇してきた深さ150kmより深い部分のマントル物質が手に入る。
この程度の深さでも、やはりマントルの主要な構成物質はカンラン岩である。
高圧高温実験
マントルのもっと深いところの物質は手に入るだろうか? 残念ながら、自然界で手に入る地球深部の岩石は、せいぜい深さ200kmまで。それ以上の深さの岩石が地表へ運ばれるメカニズムはない。
そこで地球科学者は、自然界では手に入らない深さのマントル深部の物質を実験室で合成する、というチャレンジを続けてきた。
マントル内部の化学組成はおおよそ均一だと考えられている。元素レベルで見れば、どの深さもたいして違いがないということだ(特定の元素が特定の深さに濃集しているとは考えにくい)。すると、自然界で手に入るカンラン岩(カンラン石)をマントル深部の温度・圧力条件にさらしてやれば、その深さの主要な鉱物を合成できるはず。このアイデアのもと地球科学者が取り組んできたのが高圧高温実験である。
高圧高温実験にはいろいろな手法が存在するが、試料(鉱物など)を押しつぶす点は共通で、「何で」押しつぶすかに違いがある。選択肢としてガスや金属などがあるが、目的の圧力によって使い分けられる。
マントル深部を研究するにはどれだけの高圧を実現する必要があるのだろうか。地球内部の圧力分布は、地震波観測の結果にもとづき理論的に求められている(図5)。

マントルの底(深さ約2900km)の圧力は136万気圧、地球中心では364万気圧になる。
最下部マントルの鉱物の発見
さて、実際に高圧高温実験により、マントル深部の物質が合成されてきた。
カンラン石を加圧していくと、15万気圧で異なる鉱物に変化(相転移)することがわかった。15万気圧とは、地球内部の深さ410kmに相当する圧力だ。ウグイス色のカンラン石が相転移してつくる鉱物はウォズリアイトと呼ばれ、深緑色を呈する。
ウォズリアイトを加圧すれば、18万気圧(深さ520km相当)で相転移する。深緑色のウォズリアイトは紫色のリングウッダイトになる。
このように高圧実験により、マントルの主要鉱物が深さによって変化していくことが確かめられた。とうぜん、さらなる深さに挑戦したいところだが、金属で加圧する方法には限界があった。あまり高圧をかけると金属自体が変形してしまい、それ以上の圧力が出せなくなってしまうのだ。最も硬い金属、タングステンカーバイドでも、30万気圧が限界であった。
マントル深部を理解するには、もっと硬い物質が必要だ。そこで使われるようになったのが、ダイヤモンドだった。