期待される、さらなる研究の進展
さて、3回にわたって、オートファジーの主要な機能「栄養源の確保」「代謝回転」、そして「有害物の隔離除去」の3つをご紹介してきた。もし、オートファジーの機能が「栄養源の確保」だけであったなら、この分野はこれほど注目されなかっただろう。
飢餓状態における栄養源の確保は、酵母など単細胞生物にとっては死を免れるために非常に重要な機能である。しかし、ヒトなど多細胞生物は特定の組織の中に蓄えておいた栄養源で多少の飢餓状態ならば乗り越えることができるので、オートファジーによる栄養源の確保が必要な場面は少ない。
一方、代謝回転、有害物の隔離除去は、特に多細胞生物にとってとても大事で、それが正常に働かないと細胞が機能不全を起こして病気になる。オートファジーは生活習慣病を含む数多くの疾患の発症を抑制していることがわかってきている。そのため、多くの研究者が興味を持ち、オートファジー分野が急激に大きくなったのである。
オートファジーは、免疫反応に必要な抗原提示(分解した異物の断片を細胞表面に出して免疫細胞に異物の情報を伝えること)や細胞内の物質を細胞外に分泌するなど、輸送機能を持つこともわかってきた。研究が進めば、ほかにも新たな機能が見つかるかもしれない。

偶然の結び付きが歴史的発見へ
オートファジーによって細菌など有害物の隔離除去が行われているという発見は、大阪大学歯学部の天野さんとの共同研究から生まれたが、その出会いは偶然ながら、人の縁を感じさせるものだった。
天野さんは歯周病の発症や進行に関わる歯周病菌について研究する中で、学術雑誌に掲載されていたある総説に目を留めた。そこには歯周病菌を包み込んだオートファゴソームの顕微鏡写真が掲載されていた。そして、細菌はオートファゴソームの中でぬくぬくと生きているのではないか、と考察してあった。
天野さんは、そのとき初めてオートファゴソームという言葉を知ったそうだ。興味を持ち、オートファジーについていろいろ調べ始めた。
同じ頃、私も同じ総説を読んでいた。細菌がオートファゴソームの中で増殖するのではないかと書かれているが、それは逆で、細胞が細菌を殺そうとしているのではないかというのが、私の考察だった。細菌がオートファゴソームの中にいることに興味を持ったが、私は細菌の専門家ではない。自分では実験ができないと、記憶にだけとどめておいた。
そして天野さんがオートファジーについて調べていると、吉森という名前がよく出てくることに気付いた。その吉森とは私なのだが、天野さんの秘書の名前も吉森だった。
吉森という苗字は結構珍しいので、秘書に「親戚なのでは?」と聞いた。すると秘書の返事は「それ、夫です」。すぐ天野さんから連絡が来て、共同研究が始まったのだ。
時々、偶然がきっかけで共同研究が始まり、思わぬ大発見に至ることがある。妻のおかげで『Science』という有名な学術雑誌に論文が掲載され、オートファジー研究の歴史に残る仕事ができた。人と人との出会いというのは、面白いものである。

生命を守るしくみ オートファジー —— 老化、寿命、病気を左右する精巧なメカニズム
吉森 保 著
ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏と共にオートファジーの研究に携わり、この分野の第一人者としてさらにオートファジーの役割やさまざまな病気や老化などとの関連を解明し続けている著者が、この細胞の驚きのメカニズムを詳しく解説。