プロ野球史上、最もスゴい「オールスター」を明かす…!セ・パ「怪物投手」を大公開

データから徹底分析
週刊現代 プロフィール

'79年以前のセ・リーグで1位に輝いたのは、権藤博('61年・中日)だ。

「権藤、権藤、雨、権藤」という言葉はあまりにも有名だが、金田正一('63年・国鉄)、杉下茂('54年・中日)という大エースを下した成績は、やはり目を見張らせるものがある。

'61年は69試合に登板し、35勝19敗、完投32。奪った三振は実に310個—。新人とは思えぬ獅子奮迅の活躍だ。

権藤氏本人が回想する。

 

「あの年は、九州の田舎から出てきて死にもの狂いで投げていました。自分で言うのもなんだけど、明らかに球が走っていた。持ち球はまっすぐとカーブと落ちる球しかなかったけど、面白いように三振がとれた」

その権藤氏をして、「あの人からだけは三振をとれなかった」と白旗を掲げる打者が一人いるのだが、それは後述する。

パ・リーグは稲尾和久('61年・西鉄)かと思いきや、上には上がいた。南海の「史上最強のアンダースロー」杉浦忠('59年)だ。

オーバースローの投手よりも速い剛速球を放ったと伝えられる杉浦だが、もう一つ、スローカーブという武器があった。

「私が対戦したのは晩年でしたが、それでも杉浦さんのカーブには『わ、ぶつかる!』と腰が引けた。なのに、ぐいっと曲がってアウトコースいっぱいのストライクになる。まったく理解不能です」(元西武の山崎裕之氏)

この年の杉浦は336個の三振を奪い、投手WARは驚異の13・2。

「権藤も杉浦も、現代のエース格の投手が2年分フル稼働してようやく稼げる数字を残している。今後、更新されることはないでしょう」(竹下氏)

もっとも、両名とも200勝には届かぬまま引退している(権藤82勝、杉浦187勝)。過度な連投で投手生命を縮めたのは間違いない。

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