ドイツ海軍のカイ=アヒム・シェーンバッハ司令官が1月22日、ロシアとウクライナについて不適切な発言をしたため、即日、任を解かれた話は日本でも報じられた。シェーンバッハ氏は海軍中将で、事実上はドイツ海軍のトップである。

ただ、氏の辞任によって、この事件が終わったわけではない。それどころか、ウクライナ問題に対するドイツの特殊なスタンス、また、ロシアとの海底ガスパイプライン「ノルトストリーム2」への固執などが、突然、可視化されてしまった。
当然、ウクライナやNATO同盟国の間からは、ドイツは信用できるのかという声が上がり始め、ドイツ政府にとって極めて難しい事態に発展しつつある。
西側が口が裂けても言わなかったことを…
まず、1月22日、いったい何が起こったのか?
その日、シェーンバッハ氏は、インドのデリーで開かれたシンクタンクの会合に出席していた。会議室のような部屋で大きなテーブルを囲んで数人が座っており、その中の一人であるシェーンバッハ氏が英語で力説しているシーンが、ユーチューブにアップされている。
内容はというと、「ロシアがウクライナの一部を占領しようとしているというのはナンセンス。プーチン大統領が真に求めているものは、対等な目線による敬意だ」「彼に敬意を表するには、ほとんど一銭もかからない、まったくかからない」「もし、自分が訊かれればこう答える。プーチンに敬意を持って接することは簡単だ。しかも、彼はそれに値すべき人間だと」等々。
西側では、2014年のロシアのクリミア併合以来、プーチン大統領は国際法違反の極悪人扱いなので、まず、この発言が完全にNGである。
さらにシェーンバッハ氏は現在、西側がとり続けているロシアに対する制裁は「間違った方向に行っている」とし、ロシアとの連帯を促す。なぜなら、「中国の脅威が迫っているから」。
氏は、自分は敬虔なカトリック信者だと述べており、中国に対抗するためには、キリスト教国のロシアを味方に付けることが良策であるとする。
プーチンが無神論者でも「それはどうでもよい」。「ロシアはドイツとインドにとって大切な国で」、「たとえロシアが民主主義でないとしても、この大国をパートナーとすれば(略)、ロシアを中国から離しておくことができる」。

シェーンバッハ氏のこの発言からわかるのは、親露というよりも、彼が中国の脅威を非常に深刻に捉えていることだ。
彼にとっての最悪のシナリオはロシアと中国の結託であり、しかし、西側がこれ以上ロシアを敵に回せば、必ずそれが起こると確信している。西側の対ロシア制裁が間違った方向に行っているというのはそういう意味だ。
インドと中国は長年に亘り敵対する問題を多く抱えているため、中国の脅威を強調すれば、対ロシア宥和政策へのインドの支持を得られると考えたのではないか。
シェーンバッハ氏はさらに決定的なことも言っている。
「クリミヤは失われた。2度と戻ってはこない」
これこそ、西側が口が裂けても言わなかったことだ。クリミア半島はウクライナ領であり、国境は元に戻されなければならない。そのためウクライナへの支援が不可欠であるというのが、西側の正論である。