オートファジー、言葉は聞いたことがある、という人も多いかと思います。細胞が自己を食べる働きということですが、いったいなぜ細胞が自分の一部を食べてしまうのでしょうか? 一体何のために?
オートファジーのしくみ解明でノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典さんとともに、長年オートファジーの研究に取り組んできた吉森保さんによるオートファジーの主要な機能についての解説。前回は機能のひとつとして「飢餓時の栄養源確保」についてお話ししてもらいましたが、常時発動している機能もあるとのこと。通常時はどのような役割を担っているのでしょうか?
前回、「断食しなくてもオートファジーは起こっている」として、オートファジーは、飢餓状態で活発になるが、加えて低酸素や低温、放射線など、さまざまなストレスにさらされたときにも、緊急時の生命維持装置としてオートファジーが活発化する、とお話しした。
しかし、オートファジーは、普段から少しずつ起こっていて、これがとても重要なのである。順にご説明していこう。
2つめの機能は「細胞成分の新陳代謝」
飢餓状態では、オートファジーによって細胞の成分を包み込んだ袋「オートファゴソーム」が急にたくさん出現するので、それがわかればオートファジーが起きていることがわかりやすい。
一方、普通の状態で出現するオートファゴソームの数は少ないので、以前はオートファジーが起きていることに気付かなかった。しかし、LC3というタンパク質がオートファゴソームの膜に特異的に結合することを私たちが見つけ、LC3を蛍光で光らせることでオートファゴソームを光学顕微鏡で簡単に観察できるようになった。

そこでわかってきたことは、飢饉ではない通常の状態でも、オートファゴソームが存在し、オートファジーが機能している、ということである。では、通常時のオートファジーは何をしているのだろうか。
通常時のオートファジーは何のため?
私たちは、タンパク質を食物から摂取している。その量は成人男性で1日におよそ70グラムで、肉や魚、卵、牛乳、大豆が主なタンパク質源である。摂取したタンパク質は、胃腸で分解されてアミノ酸になり、体内に吸収される。一方、体内ではだいたい1日で70gのアミノ酸が、エネルギー源として使われ尿素として排出されので、食べた分がそれに相当することになる。
ところが、体重60キログラムの成人の場合、体の中で1日に約240グラムのタンパク質がつくられている。食物から摂取したタンパク質を分解したアミノ酸だけでは、とうてい材料が足らない。では、240グラムものタンパク質の材料はどこから供給されているのかというと、細胞の中である。
細胞の中のタンパク質をオートファジーなどで分解してアミノ酸にする。そのアミノ酸を材料にタンパク質をつくっているのだ。240グラムのタンパク質というと結構な量だが、細胞は37兆個もあるので、細胞1個当たりではわずかである。おおまかに計算すると、1日当たり細胞の中にあるタンパク質の1~2%を分解し、できたアミノ酸を材料に新しいタンパク質をつくっている。

オートファジーによって分解されるのは、タンパク質だけではない。高分子や超分子複合体、オルガネラ(細胞小器官)など、さまざまなものを分解し、それを材料にして新しいものをつくっている。こうした細胞成分の新陳代謝、専門的な言葉で言うと「代謝回転」が、オートファジーの2つめの主要機能である。
なぜ中身を入れ替える?
しかし、細胞の中にあるものを分解して同じものをつくり直すというのは、おかしな話に思える。分解するのにも、つくるのにも、エネルギーが必要である。なぜ、わざわざエネルギーを使って細胞の中身を入れ替えるのだろうか。見た目も変わらないのに。