海外では宗教を聞かれることが多かった

日本人として生きてきた私が、世界94カ国を旅する上で一番驚いたのは、どの国を旅しても大体自分の宗教を聞かれることだ。先祖代々仏教であることは知っていたが、特に子どもの頃から自分の意思で特定の信仰を持ったこともなく、海外に飛び出すまでそれが普通だと思っていた。

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「信仰しているものがない? 噓でしょう? 本当に? 信じられない!」世界各国で驚かれてきたので、逆に私自身がそのリアクションにびっくりしてしまった。「信仰がないってそんなに驚くことなの?」

仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教など世界には数多くの宗教があり、その信仰がベースとなり生きている人が無信仰な人に比べて圧倒的に多いことも旅に出て初めて知った。

ムスリム(世界三大宗教のひとつであるイスラム教を信仰している人々)は一日に3~5回聖地メッカの方角に向けて礼拝をするし、ラマダン月には断食をし、日常的に豚肉やアルコールも口にしない。常にイスラム教の聖典であるコーランに基づいた信仰生活を送る。

そういった信仰に厚い人々を目の当たりにしてきて、自分自身を日々律して生活することはある意味凄いなと思ったりする。他人に強制されるより、自分が自分を律して生きることのほうが難しいと思うからだ。

そんな世界のさまざまな信仰のある人々を見てきた私にとって、忘れられない少年がいる。ラオスのルアンパバーン(ルアンプラバンともいう)という、日本の京都のような落ち着きのある世界遺産の古都を訪れたときのことだ。

メコン川とカン川の合流点に位置するルアンパバーンはラオスで数少ない世界遺産の街である。写真提供/歩りえこ