涙から必ず次のステップにつなげていくパワー

2016年、私が住んでいるボストンで世界選手権が開催されたこともあり、全試合観戦しにいきました。このとき、初めての世界選手権で7位入賞を果たした18歳の宇野選手。ですが、自分の納得の行く演技ができなかったと、フリーの後のキス&クライ(フィギュアスケートで、競技終了後に選手と監督が採点発表を待つための、リンク脇のスペース)で大粒の涙をこぼしました。画面を通して、宇野選手を見ていた羽生選手ももらい泣きしそうになっている姿がテレビに映ったのを今も思い出します。

そのときイギリスの解説者は、「昌磨、必ずあなたのモーメント(思いや希望を全て出し切った演技で観客を熱狂させるとき)が来る。私も確信している」と語っていました。そして、その翌年の世界選手権では銀メダル、そして翌々年の平昌五輪でも羽生結弦選手に次いで銀メダルを獲得しました。

2016年ボストンでの宇野選手。こういった経験を経て、確実に強くなっていった。photo/Getty Images

2019年、宇野選手はコーチなしで臨んだグランプリシリーズ、フランス大会でいくつものジャンプを失敗し惨敗の試合を経験しました。「どん底を経験した」と本人が語ったその試合後の宇野選手の涙……。カメラを向けられ、涙目のまま手を振った宇野選手の姿は多くのファンの記憶にも残っていると思います。その涙に加えて私が忘れられないのは、ショートプログラムの「グレイトスピリット」、そしてフリーの「Dancing On My Own」の演技でした。どんなにジャンプに失敗しても、彼の内からにじみ出る表現力の威力は変わらなかったからです。

彼のその涙と正直さに多くの人が引き込まれました。次の滑走者だったネイサン・チェン選手への指示のためにリンクサイドにいたラファエル・アルトニアンコーチも、宇野選手が座っていたキス&クライに立ち寄り「大丈夫だよ」と観客が投げた花を昌磨選手に渡し、その大会を優勝したネイサン・チェン選手は「昌磨は必ず復活する」とインタビューで語りました。そのとき解説をしていた織田信成さんは「明けない夜はない」という言葉で、宇野選手自身とテレビを通し心配するファンにメッセージを送ったのです。

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当時、私も「彼ならできる」ともちろん思っていました。ですが、他人が「あの人ならできる」と思うことを実際成し遂げるためには想像を絶する努力が必要です。それがどんなに大変かということを想像しました。それは「誰かが助けてくれる」「治してくれる」のではなく、自分自身でしかその解決を導しかないということです。宇野選手がいかに孤独の中で戦っているのか、想像し胸が熱くなりました。

宇野選手の涙は、まさに彼のsincere(誠実)の現れで、悔しい気持ちを隠さずに、その涙から必ず次のステップにつなげていく。その努力をする姿に多くの人が感動したと思います

それがたった2年前だったことを考えると、そこからまさにその自分しかできない努力を積み重ねたことで勝ち取った今回の北京五輪での銅メダル。前回の銀メダル以上に大切な意味を持つメダルなのではないかと思います。

宇野昌磨選手、本当におめでとうございます!

涙も返上し、安定の力強い演技を見せてくれた宇野選手。photo/Getty Images