「ぼくは、エイリアン」54歳で若年性アルツハイマーになった東大教授が見た世界

妻が語った、夫・若井晋のこと
若井 克子 プロフィール

壇上で学んだ会話の技術

「『生きる』ことを考える――若年性アルツハイマー病と共に生きて――」

そんな演題が掲げられた私たちの2度目の講演は、神戸市教育会館が舞台でした。230人収容の会場は、ほぼ満員。

結果から先に書くと、司会の都村尚子(つむら・なおこ)先生(現・関西福祉科学大学教授)のサポートのおかげでこの講演は成功に終わります。

「アルツハイマー病と診断されて、どのようにお感じになりましたか?」

先の横浜講演では、司会者はこの種の質問をよくしていました。「どのように」感じたのか、という問いに答えるためには、まず答える内容を自分の頭で考え、考えたことを表現できる文章を作って、発話しなければなりません。

よく考えてみれば、これは大変な作業です。言葉がうまく出ない晋は、答えられずに沈黙してしまいます。

ところがまったく同じ質問が、都村先生にかかるとこうなるのでした。

都村 まさか自分がアルツハイマー病になるとは、思っておられなかったでしょうね。そんなふうになるわけがない、と。

 全然思ってなかった。

都村 全然、思っていらっしゃらなかったですよね?

 思ってなかったですね。

実に自然に答えていけるのです。

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何気ない会話のようですが、都村先生は、晋が答えやすいように「思っているか・いないか」を選べばいい質問をしています。

さらに、返答になりそうな言葉を、あらかじめ質問に埋め込んでおく配慮までしていました。だから晋は、都村先生の「思っておられなかったでしょうね」という問いかけに、「思ってなかった」と答えています。

それだけでなく、先生は「全然、思っていらっしゃらなかったですよね」と念を押して、さらに晋の言葉を引き出してすらいます。

こうして一歩一歩進むように会話していけば、晋も上手にしゃべることができたのです。私も勉強になりました。

 

都村先生の質問は、さらに続きます。

「(最初は)ただ『字が書けない、でもこれは、ちょっと忘れただけで、認知症ではない』と(思っていた)?」

当初は〈字を忘れただけで、認知症ではない〉と思っていたんでしょう? という趣旨の質問。晋はマイクを握ったまま、10秒近くじっと考えていました。そして笑顔になり、

「これ(認知症)だけはいやだ」

瞬間、会場がワッと温かい笑いに包まれました。

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