「ぼくは、エイリアン」54歳で若年性アルツハイマーになった東大教授が見た世界

妻が語った、夫・若井晋のこと
若井 克子 プロフィール

「認知」がうまくいかない

講演の話に戻ると、都村先生の質問は、やがて生活の細部へと移っていきます。次のような、当事者にしかわからない微妙なことまで晋が語ったのには驚かされました。

都村 例えば日常生活の中で階段のステップを上がられるのがちょっと不安だったり、お箸(はし)を持たれるのが(難しい)、というようなことがありますか?

 箸は使えます。

都村 お箸は大丈夫。階段のステップはいかがですか?

 危ないと思うんで、ゆっくりやります。

都村 きちんともう対処なさっているわけですね、ご自身で。階段などの距離感というのは?

 ちょっと違いますね。私が見ている感じと、皆さんが見ている感じが違うんです。(ちょっと考えてから)エイリアン。

都村 「エイリアン」ですか、先生。遠い星から来られたかのような。

そして都村先生は、認知症の人は空間認識が少し違っている、という内容の解説を添えるのですが、私には他にも、思い当たる節がありました。たとえば私と晋が自宅にいるとき、電話が鳴ります。私ならすぐ受話器をつかめますが、晋は、

「どこだ、どこだ」

と言うばかりで、受話器をパッとつかめないことがありました。また、晋が、

「服、どこへ置いた?」

と尋ねてきたこともありました。私は「その椅子の上」「そこ」と教えるのですが、なぜか、

「どこだ、どこだ」となってしまうのです。

photo by iStock

記憶も定かではなくなり、

「昨日、どこ行ったっけ?」

「朝、何を食べたっけ?」

とか、そういうことも(ときどきですが)晋から問われることがありました。

話がとぶようですが、「アルツハイマー病になると人格が変わる」と、言われるようです。でも私には、〈ちょっとちがう〉という実感がありました。確かに晋には、空間認知や記憶の面で支障が出ています。そのせいで、できないことが増えたのは、ここまで長々と書いてきたとおり。

 

しかしそれは、生活の「技術」の問題にすぎないのではないか? 支障が出て困るから、人柄が変わったように見える、そういうことではないでしょうか。

だから、人間性が壊れるわけではないと思うのです。むしろ、かえって深まるものもあるのではないか――。たとえば晋の場合は、正義感、優しさ、謙虚さ。そして信仰も深まったように、私は感じていました。

最高学府の教授でもあった夫・若井晋。その彼が若年性認知症になるとき、本人は、そして家族は、どうしたのか。病を受け入れてもなお歩き続けた夫婦の軌跡を、妻・若井克子が克明に描き出す新刊『東大教授、若年性アルツハイマーになる』は、全国の書店・ネット書店にて好評発売!

関連記事