細胞が自己の成分を自食・分解する機能「オートファジー」。実は、疾患から私たちを守っているのではないか、ということがわかってきました。
オートファジーの主要な機能としては、「飢餓時の栄養補給」「自己成分の作り替え」そして「外来有害物の隔離・除去」という機能があることがわかってきています。疾患との関連では、3つめの「外来有害物の隔離・除去」機能が最有力ということはすぐにわかりますが、それ以外の機能も私たちの健康や生命維持に密接に関わっているそうです。
今回は、アルツハイマーなど、タンパク質の異常な蓄積が原因となる疾患と、それに対抗するオートファジーの役割について見てみたいと思います。解説は、オートファジー研究の第一人者である吉森保さんです。
「作り替え」がないと維持できない器官や組織がある
細胞は、中の成分を分解して同じものをつくり直すことで、新しい健康な状態に保たれている、ということを以前の記事(〈細胞は壊れる前に、自分で中身を作り替えていた!なぜ?〉https://gendai.ismedia.jp/articles/-/92040)でご紹介した。その分解を担っているのが、オートファジーである。
中身のつくり替えがうまくいかないと、細胞機能に支障が出て、細胞死や疾患を引き起こしてしまう。しかし、私たちの体を構成している細胞は、生まれてからずっと同じ細胞というわけではない。細胞には寿命があり、古い細胞は死に、新しい細胞に入れ替わっている。
胃や腸の表面の上皮細胞は1日程度、血液中の赤血球は約4ヵ月、骨の細胞は約10年と、細胞の種類によって寿命はさまざまだ。たとえ細胞の中身のつくり替えがうまくいかなくても、新しい細胞に入れ替わっていけば何とかなるともいえる。
一方で、ほとんど入れ替わらず、生まれてからずっと使い続けなければいけない細胞もある。脳の神経細胞や心臓の心筋細胞だ。神経細胞や心筋細胞にとっては、中身のつくり替えがきちんと行われることが、ほかの種類の細胞の場合より重要になってくるだろう。

もしオートファジーによる分解が滞ると、古いものや壊れたものがどんどんたまっていき、やがて細胞は死んでまう。しかも新しい細胞に入れ替わることなく脱落したままになるため、組織や器官の機能にも支障が出る。
実際、神経細胞が死んで脳機能が低下してしまう疾患がいくつもあり、まとめて神経変性疾患と呼ばれている。神経変性疾患では、細胞内にタンパク質の塊が蓄積することが共通する特徴として見られ、オートファジーによる分解が滞っていることが推測される。
神経細胞におけるオートファジーの重要性を示す実験結果は、いくつも報告されている。その中で私が特に重要だと思うのは、順天堂大学の小松雅明さんのグループと、かつて大隅研チーム哺乳類のメンバーであった東京大学の水島昇さんのグループによるものだ。
神経細胞でオートファジーが起こらないとどうなるか
2つのグループは、脳の神経細胞でのみオートファジーが起こらないマウスをつくって解析した。全身でオートファジーが起きないマウスは、へその緒を経由した栄養補給から母乳に切り替わるときの飢餓を生き延びられないことを、これも以前の記事になるが〈あなたの生命を支える機能「オートファジー」細胞自らが栄養を供給!〉https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91639で紹介した。
オートファジーが起きないのが脳の神経細胞のみの場合、マウスは出生後すぐに死ぬことはないが、生後1ヵ月ごろから歩行がふらつくなどの運動障害が見られるようになる。脳を調べると、神経細胞にユビキチン化されたタンパク質が蓄積しており、細胞が死んで脱落している所もあった。
ユビキチンは、立体構造が正しくないタンパク質や損傷したリソソームなど、分解されるものに付けられる目印である。ユビキチン化されたタンパク質が蓄積しているということは、分解されるべきタンパク質が残っていることを意味する。

細胞におけるタンパク質の分解は、オートファジーだけでなく、プロテアソームというタンパク質複合体によっても行われる。プロテアソームは、ユビキチン化された不要なタンパク質を選択的に分解する。しかし、このマウスはプロテアソームの働きは正常である。
にもかかわらず、マウスの神経細胞には、ユビキチン化されたタンパク質が蓄積している。こうした結果から、脳の神経細胞におけるタンパク質の分解にはオートファジーが重要であることがわかった。
しかも、この実験で使ったマウスには、細胞に蓄積しやすい異常なタンパク質がつくられるような遺伝子変異はない。つまり、遺伝子変異など特別な原因がなくても、オートファジーの働きが低下しただけで神経変性疾患になるということだ。これは、オートファジーは本来、疾患に対抗する防御機構として働いていることを示す大きな発見である。