2022.02.26
# 介護

松村雄基「僕は“幸運な”ヤングケアラーだった」…高校時代から20年間「祖母を介護」しても後悔がないワケ

中野 裕子 プロフィール

「助けてほしい」と声を上げる勇気

今、ヤングケアラー・若者ケアラーがよくメディアで取り上げられるようになりましたが、僕はラッキーな方だったと思います。叔母家族と一緒に祖母のケアをすることができ、愚痴を言い合いねぎらい合うことができました。事務所も理解があって仕事を続けられました。

「仕事しながら大変だったね」と言われますが、仕事があったからこそ発散できて介護生活も円滑にいったんじゃないかと思うんです。とくに僕は不良役が多かったので、演技で乱暴な言葉を使ったり、ケンカの真似をしたりできたので発散しやすかったんですよ(笑い)。もし家にずっといて祖母にベッタリで、助けてくれる人もいなかったら、逃げ場がなく耐え難かったでしょうね。

もし今、恥ずかしい、同情されたくないと思って誰にも言わず、1人で家族を支えている子どもがいたら、「助けてほしい」と声を上げる勇気をもってほしい。苦しかったら、学校のカウンセラーや行政の相談窓口などに弱音を吐いてほしい。話すだけで楽になりますから。

僕は温かい下町に住んでいたことも良かったと思います。隣近所がみな知り合いだったので、町ぐるみで見守ってくれている感覚がありました。祖母をおんぶして銭湯に行くと「おばあちゃん、孫とお風呂? 良かったねぇ」などと声をかけられるような環境でしたから、孤立感はありませんでした。

だから、僕自身はそれほど苦労したとは思っていないんです。祖母の面倒をみるために、撮影後にみんなで遊びに行けなかったこともあるけれど、その時にはできなくても、その後にそういうことができる時がきましたから。だから今、家族のケアをしている人も、無理のない範囲で精一杯、後悔のないようやってほしい。

また、コロナで若い人たちが機会を奪われ友達と遊べない、青春がない、といわれるけれど、そう思って残念がっている人たちにも、遊べる時は今後くるし、遊び以外の経験から学べること、得ることはたくさんある、と伝えたい。その瞬間瞬間にできることを精一杯やっていれば、気持ちの持ちよう次第で人生は灰色にもバラ色にもなると思います。

 
■お話を伺った方
松村 雄基(まつむら ゆうき)

1963年11月7日生まれ。東京都出身。1980年テレビドラマ『生徒諸君!』の沖田成利役でデビュー。
1984年放送の『少女が大人になる時 その細き道』で大映テレビドラマの初レギュラー。以後『不良少女とよばれて』『スクール☆ウォーズ』とレギュラー出演が続き、1980年代には大映ドラマの常連男優として活躍。その他、映画『恋子の毎日』『悲しきヒットマン』、舞台『女たちの忠臣蔵』、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』等に出演。 剣舞家であり、書家でもある。五月女玉環に弟子入りして書を始め、第 17 回東京書作展(東京新聞社主催)にて内閣総理大臣賞受賞。
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