「長生きしてね」若年性アルツハイマーで寝たきりの夫に、妻が心からそう言えた日

言葉をなくした夫との暮らし
認知症で寝たきり、しかも言葉も話せない。そんな状態で過ごす人生に、果たして価値はあるのだろうか? 「きっとある」・・・・・・若年性アルツハイマー病で職を失った元東大教授、若井晋ならそう答えるだろう。そして家族も、もはや動けなくなった彼に「生きてほしい」と望んでいる。彼らはいかにしてそんな心境に達したのか? 「生」の価値を問う近刊『東大教授、若年性アルツハイマーになる』(若井克子・著、講談社)より抜粋する。

最後に聞いた言葉

2015年3月、晋がまったく歩けなくなったあとのことですが、また彼が自室で大声を出しているので顔を出すと、

「来て来て、と言っているんだよ」

振り返ってみると、その一言が彼の話した最後の「言葉」になりました。

晋が言葉を出せなくなってからは、話し相手のいなくなった私の口数も減り、そのぶん気を遣うことが増えました。たとえば今日の夕食を考えるとき――。以前なら晋に、「今晩、何食べたい?」とよく聞いたものです。

「何でもいいよ」

そんな答えが返ってくるのですが、しかし今、同じ問いかけをしても、晋はきょとんとするばかり。だから、私がいろいろ考えなくてはなりません。

魚は? 骨があるとだめ。

肉は? かたいとだめ。

××は? このまえ食べたばかりだから、だめ……。

自問自答。

以前なら、料理したくないときは「食べに行こうか」と提案することもできましたが、その選択肢はもうありません。寝たきりの晋にとって、食事は唯一の楽しみでした。ちょっとしたしぐさや気配からそれがわかるだけに、おろそかにもできません。やがて食事は、自然と彼の好きなものに限られていきます。

「がまんして、嫌いなものでも食べないと、と思っても、できないんだ」

晋の言葉が思い出されます。まさにその通りでした。うまく力を入れられず、スプーンを使えなくなっていた晋のかわりに、私が食べ物を口に運ぶのですが、晋は、好物についてはせっせと食べます。

でも、いやなときやお腹が空いていないときは、口を開けません。あるいは、わざと咳き込みます。それが「いやだ」のサイン。

テレビをつけても、見たくないときはやはり、咳き込むふりをします。

音楽も、晋の楽しみです。CDやレコードをかけるとき、私は曲目を尋ねます。晋がうなずくときは「いいよ」の印。

photo by iStock

でも、なぜか頭を横に振ることはできないので、いやなときは、私が彼の表情をうかがいます。そして、あんまり反応がないときは、とりあえず曲をかけてみます。

よくかけるCDはおもに讃美歌、レコードなら「メサイア」でした。

途中で晋が「ウォー」と大声を出すと、それは「疲れた」「いやだ」のサインです。

困るのは、晋が暑いと感じているか、寒いと感じているか、わからないことでした。私たちが住んでいる地域は昼夜の寒暖差が大きく、おまけに私は寒がり、晋は暑がり。だから、私にとっての適温が晋にとってもそうとは限りません。でも、寝たきりの晋は自分で調節できないのです。

 

私が様子をみて、寒そうにしていたら掛け布団を足し、暑そうなら減らしました。私が眠り込んでいるときは、晋が大きな咳をして私を起こします。それが「寒いよ」という言葉のかわりです。私は、あわてて布団をかけます。どうしてもわからないときは、晋の手に触れて、確かめてから調節。

「私は温度調節器だね」

そう言って、ふたりで笑ったこともありました。いや、笑った気がしただけかもしれません。

関連記事