2022.03.01
# ウクライナ

「ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻された」という議論が見逃していること

ウクライナ「非核化」の現実
秋山 信将 プロフィール

しかし、この反実仮想の妥当性を検証するには、ウクライナ国内の政治過程、経済状況、米国、欧州、ロシアの脅威認識やそれぞれの内部での政治などを勘案した複雑なシミュレーションを必要であり、また、「ウクライナがもし核を持っていたら」というシナリオは、もしミッドウェー海戦に海上自衛隊のイージス艦がタイムスリップしたらどうなっていたのかを論じるのと同じくらい詮無いことである。

もし、今の安全保障の文脈でこのウクライナと核兵器の関係を意義付けるとするならば、当時の経緯を正確に理解し、むしろ、なぜウクライナの非核化がほぼ唯一の選択肢であったのかを理解するほうが有益であろう。以下では、ウクライナの非核化の経緯について説明する。

 

ウクライナ、非核化路線からの転換

1993年は、ウクライナが核兵器の取り扱いをめぐり、自身の内政、対ロ関係において揺れ動いていた時期である。

それまでのウクライナは、基本的には非核化の路線を歩んできた。1991年12月に非核三原則を含む「主権の宣言」(1990年)の下で1991年に独立を果たし、国防や対外政策に関する一連の文書において非核化の方針を打ち出した。その後、ソ連の解体に伴う安全保障の関係や核兵器の取り扱いに関する取り決めとして、「独立国家共同体(CIS)創設協定」「アルマアタ宣言」「核兵器の共同措置に関する協定」「戦略軍に関する協定」が合意され、その中でもCIS戦略軍が核兵器の管理を担い、ウクライナは非核化するという方針が確認されている。

さらに、1992年には戦略兵器削減条約(START)の「リスボン議定書」に旧ソ連のカザフスタン、ベラルーシとともに署名し、条約で求められている核ミサイルや戦略爆撃機などすべての核兵器を廃棄し、非核兵器国として核不拡散条約(NPT)に加入することに合意した。

こうしたウクライナの姿勢は、チェルノブイリ原発の事故で核被害の惨禍を経験したことも背景にあると説明されてきた。

関連記事