2022.03.01
# ウクライナ

「ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻された」という議論が見逃していること

ウクライナ「非核化」の現実
秋山 信将 プロフィール

当時のウクライナには、戦術核(戦場での使用を想定した核兵器)が約3000発あるとみられていたのに加え、第43ロケット軍の下に、SS-19 とSS-24という固定サイロから発射される二種類の大陸間弾道ミサイル(ICBM、これらは直接米国本土を攻撃することができる戦略核と分類される)がそれぞれ139基、46基、190か所のサイロに配備されていた。

戦術核は1992年にロシアがウクライナ側に無断でロシアに引き上げ(これもウクライナとロシアの関係を悪化させた要因でもあるが)、非核化の焦点は戦略核であった。SS-19とSS-24はいずれも、攻撃の威力を高めたり迎撃を避けたりするために「多弾頭化」という処置がなされており、それぞれ一基あたりSS-19は6発、SS-24は10発の弾頭を搭載できるようになっていた。戦略核の弾頭数は1500~2000発と推定された。

しかし、これらの多くはすでに起爆装置の安全装置の有効期限が切れて極めて危険な状態になっているのに加え、通常であれば、定期的な極めて高い専門的なメンテナンスの点検を受ける必要があるにもかかわらず、そのようなサービスが提供されておらず、核兵器を安全に維持することは、ウクライナにとって財政的にも不可能であった。

 

「ブダペスト覚書」が結ばれるまで

1993年には、ロシアの戦略軍とウクライナの第43ロケット軍の間で核の管理をめぐる協議が行われた。その後、両国の視察団はウクライナの戦略核の現状を視察し、ロシア側はその時の様子を、保管と安全の面で深刻な問題があり、このままではチェルノブイリ級の事故を起こしかねないと記している。

ウクライナ側はロシアが支援を拒否したと反発したが、技術的にも組織的にも独自で核を管理する能力を持たないウクライナは、事実上核兵器の起爆装置を解除するしか選択肢がなかった。

そもそも、核兵器の運用の指揮統制システム(Command and Control)はロシア管理のシステムに依存していたとされ、核兵器のコントロールの権限を管理する行動許可伝達システム(PAL:Permissive Action Link)もロシアが管理していたとされる。

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