痩せること以外見えなくなる「ダイエット沼」

かつて私も限界ダイエッターだった。

「リバウンド? それって食欲が我慢できなくて食べすぎちゃうことでしょ? とにかくカロリーを減らせば体重は落ちる!私の味方は、ゼロカロリーのゼリー! 寒天! 豆腐! 痩せた後は胃が小さくなるだろうし、根性でリバウンドしなければいいだけの話!」と本気で思っていた。「3食バランスよく食べて、適度な運動を。必須カロリー以下の食事にしてはいけません」という健康的なテンプレートメッセージは、もはや耳に念仏。

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とにかく食欲を抑えつけ、カロリー消費のために好きでもない運動を自分に課す方法で数十キロ減量した。その減量を経て、私は自分のやり方が『正しいダイエット』だと思い込んでいた。でも、食べてないのだから当然元気はなく、生理不順も起き、便秘に苦しめられた。今思えば悲鳴を上げている体なのに、「普通の食事を食べること」に抵抗を感じ、人と一緒に食事を摂ることさえ恐れていた。

もしタイムマシンがあったら、そんな浅はかな過去の自分の両肩を揺さぶり「目を覚ませぇ! その痩せ方は悪魔が住むダイエット沼の始まりだぞ!!!」と言ってやりたい。私はそんなダイエットを繰り返すうちに、痩せるどころかより太りやすく、そして過食症になっていき、体と食べ物との関係に長く苦しんだからだ。

体重を減らすことだけにしか自分の価値を見出せなかった摂食障害のころのなおさん。写真/吉野なお

しかし、そうして必死に説得をしても、おそらく過去の私は「いや、でも痩せたいし。私はきっとそうはならない、大丈夫」と、一人コソコソと低カロリーのダイエット食を食べ続けていたに違いない。この日本で、太った女性として生きることの肩身の狭さを幼少期から感じてきた私は、痩せることはすなわち、他者に認められる・見返すことができる・社会に受け入れられることだと信じていたからだ。それほど、「痩せたい」という呪いは強力だった。