愛花が自分の中で生きている証

「ただ最近……本当に最近ですね……」
陽子さんは最後に、ここに来て、少し心境の変化があると話してくれた。

「学校で出生前検査の話をするようになってから、私にも、生き続けて、やることがあると思えるようになりました。そして、それは愛花が私の中で生き続けている証にもなります。これが、私にとって『愛花と生きる』ということなのかな」

陽子さんは、本職は高等学校で家庭科を教える教師だ。高校でも、出生前検査について話す授業を行う。実は、高校の今の教科書には、もう出生前診断のことは載っている。すべての先生が出生前診断について教えているわけではないそうだが、陽子さんは時間をかけて、自分自身の経験も語りながら丁寧に教えている。

家庭科は『生きる力』を身につける学科です。出生前検査を考えることは命や社会について考える大切なことだから、その力につながると思うのです。教育の場でも、多くの人と考えていきたい。また教え子には、将来妊娠した時にインターネットの不確かな情報に振り回されないで、信頼できる医師、助産師、看護師、カウンセラーにアクセスする力を身につけてほしいです」

撮影/河合蘭
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日本で出生前検査が大きな変わり目にある

出生前検査について日本は今、大きな変わり目を迎えている。
ちょうどこの記事を書いている最中にも、胎児の染色体異常を調べる血液検査「NIPT」の実施施設について認証基準が緩和されるというニュースが一斉に流れた。陽子さんはそれを見て、認証基準を作成した委員会のひとりである筆者にメッセージをくれた。

「河合さん ニュースを見ました。きっと、これから愛花のような子は生まれなくなるんでしょうね」

陽子さんがそう感じたのも、無理はない。
愛花ちゃんの病気「18トリソミー」は、21トリソミー(ダウン症)、13トリソミーと共に、NIPTでその可能性が高いかどうかを高い精度で知ることができる検査だ。
これまでの制度では、受ける側にも年齢制限があって34歳以下の人は認証施設では受けられなかった。しかしこの春からスタートする新しい制度では年齢制限がなくなり、さらに遺伝学の専門家がいない一般的な分娩施設にも正式な認証施設となる道が開かれた

これは、若い妊婦が内科、美容外科などのカウンセリングが出来ない非認証施設NIPTを受けているという現実があったからである。また、検査を受けるかどうかは医療側が決めるのではなく、妊婦本人の意思を尊重すべきだという考えに基づいておこなわれた制限緩和だった。だが、報道には「拡大」という言葉が使われた。トリソミーの子どもを産み育ている人には、圧迫感を感じさせる表現だったと思う。

もちろん、ふだん妊婦健診を受けている産院で、年齢制限なくNIPTを受けられる人が増えれば、NIPTを受ける人が増える可能性は否定できない。NIPTは、今後価格が下がることも予想されている。そこで、こうした流れが、トリソミーの子どもや大人、その家族の存在を脅かしてしまうことがないように、今、委員会は保健センターや産科医療機関が使う情報提供資料の内容を必死に考えていると伝えると、陽子さんはこう答えてくれた。

「良い方向に行ってほしいと思います。
でも、社会の流れを止められないかもしれないと思うと、自分の無力さが辛いです。
私も授業で、みんなに考え続けて欲しいと伝え続けます。
生まれてはいけない人はいないのですよね」

愛花ちゃんがお腹にいた時、「長く生きられない子どもを妊娠している私がここにいてもいいのか」と悩みながら、入院していた陽子さん。疎まれては大変と思い、頼みたいことも頼まず、我慢していた。
あの時の陽子さんのような妊婦を出さないために、染色体の疾患がある子どもを産み育てる人が大切にされ続けるために、何がどこまでできるかがこれからいよいよ問われる。そのために、陽子さんのような「語り部」の存在は、今後ますます大切な存在になる。

講義を終えた吉武陽子さんと「玉響」パートナーの渋谷さん。陽子さんが実体験を共有してくださることで、当事者の方の心がたくさんの人に伝わる。それは明らかに愛花さんが生きた証でもある 撮影/河合蘭
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