2022.03.13
# ロシア

プーチンはなぜウクライナの「非ナチ化」を強硬に主張するのか? その「歴史的な理由」

浜 由樹子 プロフィール

ウクライナがソ連の構成国だった時代には、当然ながら、ナチ協力者は裏切り者として断罪されていたが、1991年の独立に伴い、ウクライナでは徐々にバンデラの名誉回復の動きが進んだ。そうした動きは、ロシアに批判的な姿勢を示す政権の下で活性化した。

例えば、ウクライナでは2004年に、大統領選の結果をめぐる民主化運動で親ロシア政権が倒れる政変(オレンジ革命)が起こった。この「革命」によって、いわゆる親欧米/反ロシア色の強いユシチェンコ政権が誕生したが、同政権は、2009年、バンデラを郵便切手のデザインに採用し、2010年にはバンデラに「ウクライナの英雄」の称号を与えた。しかしこれは、ウクライナ東部や国内外のユダヤ人からの抗議にあって撤回された。

ユシチェンコ大統領〔PHOTO〕Gettyimages
 

2013年末にウクライナで始まったユーロ・マイダン革命の結果、EUよりもロシアとの関係改善に前向きなヤヌコーヴィチ政権が倒れ、ポロシェンコ政権が樹立されると、2015年、かつてバンデラが率いた「ウクライナ民族主義者組織」「ウクライナ蜂起軍」の故メンバーたちを「20世紀のウクライナ独立の闘士」とみなすという法案が議会に提出された。また、マイダンの混乱の中、ウクライナ蜂起軍の赤と黒の旗を掲げる人々がニュース映像にも映っていた。

ポロシェンコ新政権の下、議席を得た極右政党「自由」や、「右派セクター」といった議会グループは、その反ユダヤ主義的志向を隠そうとしなかったため、ロシアはこれらを容易に「ファシズム」に結び付け、プーチン大統領はマイダン革命を「ナショナリストとネオナチ」が起こしたクーデターであると非難した。そして今でも、ドネツクとルガンスクでロシア系住民に「ジェノサイド」が行われていると主張している。

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