積極的に治療しない外科医?
外科での研修のあと、私は麻酔科で研修を受け、麻酔科医として大阪の病院に勤務したあと、ふたたび外科医にもどり、神戸の病院に赴任しました。
外科にもどって驚いたのは、先輩の医師たちが死にゆく患者さんをあまり熱心に治療しないことでした。
ある先輩が主治医だった患者さんは、手術後に重症になって、人工呼吸器をつけていましたが、徐々に肝機能が落ちてきました。すると、先輩は積極的な治療をしなくなったのです。
肝機能が落ちても、血漿交換という治療法があります。まだ助かる手立てがあるのに、なぜベストを尽くさないのか。外科医としての経験の浅い私は、患者さんをみすみす死なせてしまう先輩に、義憤のようなものを感じました。
しばらくして、私自身の患者さんが、手術後、重症になりました。思い出すのもつらい経験ですが、その患者さんは七十代前半の女性で、病気は総胆管結石。悪性の病気ではありませんから、手術で死なすわけにはいかない患者さんです。
まだ外科医として一人前でなかった私は、外科部長の指導を受けながら、結石を取り出し、総胆管の出口を調える手術(乳頭形成術)を行いました。今から四十年近く前ですから、今とはやり方がちがいますが、手術操作に落ち度はなかったはずです。ところが、手術後に原因不明のけいれんが起こり、続いて肺炎を併発したのです。
もともと肥満と糖尿病、慢性気管支炎の基礎疾患があったので、手術前には痰を出す練習をしたり、呼吸機能を確認したりして準備をし、手術後も人工呼吸器をつけたまま術後管理をしていました。
治療の効果は…?
手術の翌日、肺炎を起こすと呼吸機能が急速に低下しましたが、それは人工呼吸を続けることで凌げます。抗生物質の多剤併用、ステロイドの投与、強心剤の点滴、中心静脈栄養、インシュリンでの血糖コントロール、去痰剤の投与、吸引など、できるかぎりの治療を試みました。それでも状況は改善せず、次第に腎機能も低下してきました。

治療方針を決めるカンファレンス(検討会)で報告すると、部長をはじめ、先輩の医師たちは眉をひそめ、むずかしい顔になっていました。治療の中止を勧める雰囲気でしたが、私は腎機能の低下を補うため、人工透析をしたいと副院長に直訴しました。副院長はいい顔をしませんでしたが、「君がそう言うならやってみろ」と、許可してくれました。
集中治療室のない病院だったので、透析はポータブルの透析器を病室に持ち込んで、長時間かけて血液を浄化しなければなりません。はじめると、一時的に血液中の老廃物の値が下がり、効果が見られました。
しかし、肺炎は改善せず、全身状態も徐々に悪化し、やがて播種性血管内凝固症候群(DIC)という全身の出血傾向が出る状態になりました。いわゆる多臓器不全になったのです。