田平さんは森の中をとても静かに歩く。着ているグリーンのジャケットのせいか、たまに彼が森の一部になったような錯覚におちいる。

「優しく静かに歩いたほうが疲れないんです。最初は苔や根っこを、できるだけ傷めないようにと工夫した歩き方なんですが」

九州最高峰の宮之浦岳に向かう途中にある淀川の流れ。山から染み出す水は、そのまま飲める。

屋久島でガイドを始めてから20年。この小花山歩道には2000回以上訪れている。

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「根っこが外に出ているでしょう? 要するに、ここは水の中なんです」

栗生の海辺から山を望む。海辺は晴れているが、おそらく山は雨。屋久島は月に35日雨が降るともいわれるほど、降水量が多い。

とっさに意味がわからず首を傾げていると、重ねて説明してくれる。

「屋久島の年間降水量は山間部だと1万mm(全国平均の2倍以上)を超えることもあります。根を地中深く潜らせる必要がないくらい、つねに水が豊かだということですね」

もともとはタングステン鋼の採石場だったクリスタル岬。人工的に削られたはずなのに、グランドキャニオンのように迫力ある風景。

ここ、なんかいいんですよね、と田平さんが立ち止まる。名前があるような巨大な屋久杉があるわけではないが、さまざまな年齢の木々たちが、それぞれ気ままに暮らしている、そんな雰囲気の場所だ。

「2000回くらい通っていても、いまだに何がいいのか明確に理由を言えない。それもまた、屋久島の奥深さだと感じます」

透明度の高い安房川。里はすぐそこなのに信じられない美しさ。

残したい風景は、この小花山歩道のほかにも数え切れないほどある。そのどれも、水の気配が色濃く漂う。

安房川にかかる松峯大橋から明星を望む。山から里への水の流れをひと目で見られる場所。