2022.03.24

プーチンがお手本にする「狂気の独裁者」ヨシフ・スターリン、そのヤバすぎる末路

ウクライナ戦争の根源
週刊現代 プロフィール

たしかにスターリンは家庭に恵まれなかった。最初の妻は1907年に長男ヤーコフを産むが、腸チフスにかかり22歳の若さで死去。そして二度目の妻は'32年、クレムリン内の住居で頭を銃で撃ち抜いて自殺するのだ。

陸軍士官となったヤーコフは'41年、第二次大戦の独ソ戦でナチス・ドイツの捕虜となる。スターリンの息子を捉えたことに気づいたナチスは捕虜となっている自軍の元帥との交換を申し出るが、スターリンは拒否。父に見捨てられたことを知ったヤーコフは、強制収容所で死去した。一説には、電気柵に自ら突進して射殺されたと言われる。

長男のヤーコフ(Photo by gettyimages)長男のヤーコフ(Photo by gettyimages)
 

次男ワシーリィはアルコール中毒で身を持ち崩し、最も愛した一人娘のスヴェトラーナさえも父の死後、アメリカへと政治亡命した。

'40年、トロツキーが亡命先のメキシコで暗殺された。スターリンの放った刺客がトロツキーの頭をたたき割ったのだ。レーニンと共に始めた革命を受け継ぐ者はついにスターリン1人になった。

家族、同志、側近、そして敵……。すべてが彼の前から姿を消した。

東北大学・東北アジア研究センター教授の寺山恭輔氏はこう語る。

「ロシア革命後に創設された暴力装置チェーカーは、スターリン時代のNKVDを経て、戦後にKGBへと受け継がれていきました。ソ連末期にその組織に入ったのがプーチンです。KGBはエリツィンにより解体されましたが復活し、プーチンは伝統的な手法を駆使しながら現在の体制を作り上げた。

また彼は昨年末、ソ連共産党時代に抑圧された被害者を記憶するために創設された民間人権団体『メモリアル』の解散を命じています」

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