2022.03.24

プーチンがお手本にする「狂気の独裁者」ヨシフ・スターリン、そのヤバすぎる末路

ウクライナ戦争の根源
週刊現代 プロフィール

死の床で狂気の一瞥

スターリンの最期は、狂気と孤独に冒された独裁者にふさわしいものだった。

'53年2月28日。スターリンの別荘にフルシチョフ、ベリヤら4名の政治局員が呼びつけられた。いつものように映画鑑賞のお供を仰せつけられた彼らが辞去したのは翌3月1日午前4時だった。

翌日、いつもならばスターリンは正午前には起きてくるのに気配がない。しかし警備員たちは、無断で部屋に入ることを禁じられており、勝手な行動によって処罰されるのを怖れた。午後10時になってようやく部屋に入った警備員の一人が、床に倒れている主人を発見する。脳卒中だった。

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そして4日後の3月5日、ついに独裁者は息を引き取った。臨終に居合わせた唯一の親族、一人娘のスヴェトラーナの評伝『スターリンの娘』にはこう記されている。

〈最後の瞬間が来たと思われた。父は、突然、両目をかっと開き、部屋の中にいた全員を見渡した。狂気と怒りが入り混じった恐るべき一瞥だった〉

そして左手を持ち上げ、上のほうを指した。彼女にはそれが部屋の中にいた者に呪いをかけるような身振りに見えたという。

スターリンが権力を握っていた約30年間でのソ連邦内の死者は4000万人とも言われている。ヒトラーは580万人のユダヤ人を虐殺したが、スターリンはその7倍もの同胞を犠牲にしたのだ。

慶應義塾大学名誉教授・横手慎二氏は言う。

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