何でも「自己責任」の社会

僕が高校生だった頃の社会と、今の社会はまるで変わってしまいました。
この20年、人々を守ってくれるはずの社会の仕組みはガラガラと壊れていきました。堅固だったはずの社会がドロドロと溶けて、まるで荒ぶる海のように不安定な場所になりました。そういう社会を、僕らは今にも壊れそうな小舟一艘で航海しなくてはならない。

小舟化する社会。そこでは、遭難しようが、沈没しようが、自己責任。確かだと思っていたつながりも次々と切れていく。だから、小舟はひとりでサバイブしなくてはならぬ。

もちろん、それは社会が「自由」になったということでもあります。小舟なのだから、自分で自分のことを決めることができます。そういう意味では、良いこともたくさんあるのだけど、何かが起こると、気づいてしまう。

「そうなると、私はひとりです」

Photo by iStock
-AD-

若手だったときにはわからなかった社会の海鳴りが、中堅になると聞こえてきます。
それは多分、僕も少しは、世の中とか、世間とか、社会に触れたからだと思います。
いろいろなクライエントと出会い、臨床経験を重ねる中で、そして自分自身が自分の人生をサバイブする経験を重ねる中で、僕らがどんな時代を生きているのか、その手触りが骨身に沁みてくる。

それが想像力を広げます。クライエントの語る生きづらさに、この社会そのものに潜んでいる生きづらさが含まれていることがわかってくる。自由で過酷な社会がもたらす傷つきが見えるようになる。そして、それだけではなく、彼らがそれでも生き抜く姿を目の当たりにする中で、そんな社会にも優しい部分があることも見えてくる。

すると、この社会の現実に即して、心について考えることができるようになります。それは、カウンセリングを平凡なものにします。若い頃に夢見たカッコいいカウンセリングは、現実的なものへと妥協されていく。そのことに少しがっかりしてしまうのだけど、平凡さにこそ人生を支える深い力があることを知っているのも中堅です。

中堅が心理士にとってゴールデンタイムだと思うのは、それが理由です。
カウンセリングルームで行われているのは、ごくごくミクロな仕事です。個人の心という最小単位を相手にして、それがほんの少しだけ変わることを助ける仕事です。国内総生産とか地球温暖化とかと比べると、僕はあまりに小さな仕事をしている。

だけど、そこで扱われているのが「みんな」の苦悩でもあるとわかると、カウンセリングという極小の仕事が、この大きな社会全体についての仕事でもあると実感されてくる。
中堅とは、心と社会が深くつながっていることを知る時期だと思うのです。

▼続きが読みたい方はこちら

『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』著者:東畑開人/新潮社

『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』
著者:東畑開人/新潮社
家族、キャリア、自尊心、パートナー、幸福……。心理士として15年、現代人の心の問題に向き合ってきた著者には、強く感じることがあります。それは、投げかけられる悩みは多様だけれど、その根っこに「わたしはひとり」という感覚があること――。夜の海をたよりない小舟で航海する。そんな人生の旅路をいくために、あなたの複雑な人生をスッパーンと分割し、見事に整理する「こころの補助線」を著者は差し出します。さあ、自分を理解し、他者とつながるために、誰も知らないカウンセリングジャーニーへ、ようこそ。