そもそも「友達」とは?

東畑 友達が全くいないと言っていた知り合いが、あるとき「友達ができた」と言ってきたことがあったんです。どういう経緯でできたのか聞いてみたところ、相手は「職場の人で、顔は見知っていたけど全く付き合いはなかった」という人だったんですね。それがたまたま2日連続で帰り道が一緒になり、「餃子食べに行くんだけど一緒に行く?」と言われ、何となくついて行ったらそのまま友達になったそうなんです。それを聞いたとき僕は、これこそが友達を作る方法だ!と思いました。トボトボ一緒にいる、というのが何より有効なんだと。

撮影:FRaU編集部
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――すみません、そもそも論をお聞きするのですが、友達とはどういう定義の存在なのでしょう?

東畑 僕は「油断して付き合える人」だと思っています。この本の中でも、ジョッキー過剰になっている女性が、メッセンジャーグループの友達関係に救われているエピソードが出てきます。これはメッセンジャーグループって、緊張感が生まれにくいですよね。休憩時間中に皆のやり取りを見たり、返事を期待せず何となくメッセージを送ったり。そんなふうに油断して、ふと思ったことを伝えたり、ちょっとした愚痴を言えたりできるのが友達ではないかと。

――たしかに油断していない関係が多いかもしれません。愚痴るのも、相手を不快にさせないかと気にしてしまったりしてためらう。

東畑 昨今は他人に不快な思いをさせない、ということに潔癖になっている人が多いですね。だけど、自分が思っているより相手は不快にならないものですし、他者に不快な思いをさせた場合にもやり直しができます。そうやってやり直す過程で関係が深まっていくんだと思うんです。だから持つべきものは“ウザくなる勇気”。恐れずムダにたたずんで、若干うざいくらいが友達ができる秘訣ではないかと思うんです。

『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』著者:東畑開人/新潮社

『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』
著者:東畑開人/新潮社
家族、キャリア、自尊心、パートナー、幸福……。心理士として15年、現代人の心の問題に向き合ってきた著者には、強く感じることがあります。それは、投げかけられる悩みは多様だけれど、その根っこに「わたしはひとり」という感覚があること――。夜の海をたよりない小舟で航海する。そんな人生の旅路をいくために、あなたの複雑な人生をスッパーンと分割し、見事に整理する「こころの補助線」を著者は差し出します。さあ、自分を理解し、他者とつながるために、誰も知らないカウンセリングジャーニーへ、ようこそ。