2022.04.05

国が荒野に変わる時

ロシアもすでに「戦場」なのか?
ロシアによるウクライナ侵攻によって多くの人々が傷つき、亡くなっています。しかし哲学者スピノザは、このような場合、「平和を奪われ、荒野に変わりつつあるのは、侵攻を受けた側に限らない」と言います。スピノザの生涯と思想を綴った『スピノザ 人間の自由の哲学』の著者吉田量彦氏による、ウクライナの動乱に寄せた論考を公開します。

東欧地域の記憶

それでなくても新型コロナウィルス感染症が世間を騒がせているというのに、海の向こうでは戦争まで起きてしまいました。

わたしの勤め先では、大学の国際性を宣伝する一環なのか、メインキャンパスの正門をくぐった左手に、海外からやって来た学生たちの出身国の国旗がずらりと並んでいます。すでに見慣れた風景なのに、最近は朝夕ここを通るたび、頭上高くはためく一枚の国旗にどうしても目が吸い寄せられます。明るい青と黄色に塗り分けられた、シンプルなデザインの旗です。ウクライナで起きたこと、起きていること、そしてこれから起きるかもしれないことを思うと、胸が痛みます。

スラブ系の言語を一つも習得していないため、わたしが設置しているスピノザの定点観測網に、東欧関連の情報はあまり引っかかってきません。だからこそ、この地域からごくたまに入るニュースは、それだけ印象に残りやすいようです。

スピノザのファンや研究者がつくった団体は、世界各地に点在しています。日本にもスピノザ協会という集まりがあり、わたしも会員の一人です。ずいぶん昔(思い出して調べてみたら2006年のちょうど今頃でした)、このスピノザ協会の連絡誌に、スピノザをあつかった長編映画が「ウクライナで」企画中、という記事を見つけて驚いたことがあります。この企画は無事実現したようで、ここからさらに数年後、やはりスピノザ協会の席上で映画の完成が話題になり、協会のウェブサイトにも記事が掲載されたと記憶しています(今はログが流れてしまったようです)。

結局日本では上映されなかったようなので、どういう作品になったのか、詳細はまったく分かりません。にもかかわらず、今にして思えば、スピノザの映画がウクライナでつくられたということ自体が、とても象徴的な出来事だったような気がします。

映画というメディアには、社会を動かす一定の力が備わっています。プロパガンダ映画がつくられるのもそのためです。だからこそ、映画の力が時の支配者や支配体制の思惑通りに利用し尽くされることのないような社会でないと、スピノザなどという、どこをどう見ても政治的なプロパガンダには不都合な人物で映画をつくることはできないはずなのです。

今のウクライナの大統領も、政治風刺映画に出演したことが政界進出のきっかけになったと聞いています。その辺がそもそも諜報機関出身で、はじめから裏技的政治工作の専門家だった隣国の指導者から見れば、手玉に取りやすい素人として侮られたのかもしれません(侮りという点にからめて言えば、今回の軍事侵攻がオリンピックではなくパラリンピックの期間に重なったことも、みずからの肉体的な健康さと力強さを何かと見せつけたがるこの人物が、障害者と障害者スポーツを根源的なレベルで侮蔑していることの表れであるような気がします)。

スピノザの生涯がウクライナの映画製作者たちの関心を呼んだことは、リトアニアからポーランド、ウクライナと続くこの地域一帯が、かつてユダヤ人たちの一大居住地だったこととも無関係ではないでしょう。ホロコーストの犠牲者が一番多く出た地域でもあります(ナチスの侵攻を受けて突然その支配下に置かれてしまったため、逃げようにも逃げられなかったのです)。今その地域が隣国からの侵攻で荒野に変わり、民間人の犠牲者が大量に出ているのを重ね合わせると、なんともやり切れない思いがします。

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