モニターを確認すると、これまで会釈程度の付き合いしかなかった同じ階の主婦だった。ドアを開けると、彼女はいきなり「相談がある」と勝手に玄関に入ってきて、反対票を入れるよう長々と話し始め、美代子さんは帰ってもらうのに一苦労したそうだ。
「それからというもの、違う階の反対派の人たちから電話がかかってくるようになりました。いったいどこから電話番号が漏れたのか……。いっぽう、“値上げ賛成派”の理事会メンバーは、まるで選挙運動みたいに一戸ずつ訪問して回っているようでした」
住民たちはひそひそ声で、賛成と反対、どちらに投票するのかお互いに探り合っている。それまで、住人の間にそこまで深いかかわりはなかったとはいえ、にこやかな会釈や世間話をするような関係性だったのだが、そんな空気は消え、「日に日にギスギスした空気になっていったように感じた」と崇さんは語る。
「自分の気のせいかもしれませんが、これまでは、エレベーターホールや廊下で会うたびに、必ず結衣の頭を撫でてくれた同じフロアの高齢の夫婦が、会ってもなんとなくよそよそしくて、ぼくらと距離を置くんですよ。あとでほかの人から“あの人たちは賛成派だよ”と聞いて、そのせいだったのかなと、なんとなく納得しました」

このままでは、家計が破綻する…
総会の日が近づくにつれて、美代子さんは不満を募らせていった。「共有部でも遠慮なしに声をかけられ捕まってしまうことが多いから、結衣の塾に遅刻しそうになった」「家でも心が休まらないから、お受験対策に集中できない」と嘆く。