「夜に駆ける」MVはこうして生まれた

「闇色の朝」のMVが公開された翌日、彼女の人生の転機とも言える出来事が起こる。

「音楽ユニットYOASOBIのスタッフさんから、MVのアニメーションを制作して欲しいと連絡がありました。当時はまだYOASOBIが結成したばかりの頃で、もちろん曲は出ていないし、グループ名も知られていない。ただ、Ayaseさんの作る楽曲はとても格好良かったし、小説から音楽を作るというコンセプトも面白いと感じて引き受けました」

そして、名曲「夜に駆ける」MVの制作が始まる。

「お話をいただいた2ヵ月後にデモをいただいて、そこからキャラクターデザインと絵コンテを作りました。原作小説の流れを元に、自由に作ってくださいというお話だったので、小説のどこからどこまでを表現しながら自分の世界観に落とし込んでいくのか、という点を最初に考えました。もともとストーリー性のあるミュージックビデオが好きだったので、原作の物語があるというのは私としてはやりやすかった記憶があります。だいたい1ヵ月半ほどの制作期間を経て、無事MVは公開されました」

出典/youtube「夜に駆ける」 Ayase / YOASOBI
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公開後1年ほどして、その反響の大きさが爆発的に変わったという。

「『夜に駆ける』は、公開当初から今のような爆発的な反響があったというわけではありませんでした。リリースされて半年くらいでコロナ禍になり、じわじわと話題になっていって、公開から数カ月ほど経ったあたりでテレビでも流れるようになった。そこで友達から『これって、にいなの絵じゃないの』ってLINEが来たりしましたね。初めてテレビでMVが流れたときは、一緒に見ていた母がすごく喜んでくれて、嬉しかった。その後、YOASOBIが紅白歌合戦に出たことでさらに認知度も上がり、『“夜に駆ける”のアニメーションは藍にいなという人が作ったんだ』と知ってもらうことができ、そこから一気に仕事が広がっていったんです」

◇母親から言われたひと言からの受験、絵を見てもらいたいとつづけたTwitter、藝大に行きたいと受けなおしたこと、藝大にわずか1日講師にきた憧れの人へのアクションーー藍にいなが「夜に駆ける」のMVを手がけるに至ったのは、ただの運ではない。日々の行動の積み重ねがあったからだとわかる。インタビュー後編「山下達郎、DISH、マカロニえんぴつ…藍にいながアーティストたちに愛される理由」では、「夜に駆ける」以降の藍にいなの活躍はどのようにして広がっていったのかをさらにお聞きしていく。

(c)藍にいな「sukidatta」