野村監督の「ID野球」よりも「言葉の力」

また、恩師の野村克也さんの持つ「言葉の力」をリスペクトしているところにも、新庄さんの母性を感じます。

野村さんが監督として特徴的だったのは、常に言葉で人を動かすということだ。言葉で野球を教え、言葉で選手を動かす。さらにはメディアを通した言葉で選手を刺激し、相手を戸惑わせる。(『スリルライフ』より)

野村さんと言えば「ID野球」で注目されましたが、新庄さんはそこではなく、「言葉で人を導くこと」がすごいと見抜いた。鋭いと思いますね。新庄さん自身、理論で人を動かす父性の人ではなく、言葉で人を育む“母性の人”です。野村さんの母性的なところに魅せられ、シンパシーを感じたのかもしれません。

これは想像ですが、新庄さん自身もプロ野球選手として、野村さんのような“母性の人”に育てられてきた。だから自分も同じように選手の母親になろうとしている。そんなふうに思えてなりません。

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どんな子どもにも「自分で考える力」が備わっている

新庄さんはいわゆる「野球エリート」ではありません。地域に強い少年野球チームがなく、父親といっしょに自分でチームを立ち上げたくらいだし、甲子園にも出場していません。ドラフト5位入団ですしね。

そのおかげと言うべきか、新庄さんは子どものころから自分で考えた方法で、がむしゃらに練習に励んでいたようです。

どうしたら野球がうまくなるか、幼いなりに自分で考えた。コントロールを鍛えるのに、近所にあった階段もよく使った。何段目に当てるか決めて、そこを狙って投げる。ちゃんと側面に当たらず、階段の角に当たるとボールがどこかに飛んでいってしまう。それを取りに行くのが面倒だから、どうしたら狙い通りに投げられるか考えるようになる。手首の返し方、指先の使い方などは、そんな自己流の練習から学んだ。(『スリルライフ』より)

野球をやる環境が整っていなかった。そのことがむしろいい方向に作用したと思います。でも新庄さんが特別なのではありません。何も与えられなければ、自分で何とかしようと考える。そのくらいの力は、子どもなら誰でも持っています。私自身も子ども時代は家が貧しくて、自転車を買ってもらえなかった。だから、三輪車を一生懸命漕いで、友だちを追いかけてましたね。めちゃくちゃ恥ずかしかったことを覚えています。でもしょうがないですもんね。物が与えられなければ、ないなかで何とかするしかありませんから。

引退後、バリ島でトライアル挑戦を決意したときは、ボールがなくて石をなげたという Photo by iStock