親が先回りしてレールを敷くとすり減るもの

最後、3つ目の力は「自己肯定感」この力は、生まれたときに一番高い、というのが私の考えです。生まれた瞬間に「生まれてくるんじゃなかった~」とか「もっと金持ちの家に生まれたかった!」などと思う赤ん坊はいませんからね。産声というのは「歓喜の雄叫び」なのです。ところが成長するにつれて、親が先回りして子が望んでもいない人生のレールを敷こうとしたり、学校や社会が一方的に子どもに受け入れがたい価値観を押しつけたりするなかで、自己肯定感が少しずつすり減っていく

自己肯定感が高いか低いかは、意外とわかりにくいものです。明るくて、積極的で、言いたいことを言って、やりたいことをやって……周囲には自己肯定感が高そうに見える人が、「またやっちゃった。自分はダメ人間だ」と内心、悩んでいるケースだってあるでしょう。

優秀で自信がありそうな子でも「自分はダメだ」と思っている場合もある Photo by iStock
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そもそも自己肯定感という言葉自体、「感」の字で表現されているように、とらえどころのないものです。実際のところどうなのか、自分でもわからないというのが本当のところでは。ふつうにすくすく育っている子どもであれば、ことさら自己肯定感について心配する必要もないでしょう。

ただしADHDや自閉症、虐待の被害者などの子どもたちは別。際立って自己肯定感の低い子が多く、生きづらさに苦しみ、自分の人生を見失う危険があるので、気をつけてサポートしてあげることが大切です。

では新庄さんはどうでしょうか。本を読む限り、自己肯定感が子ども並みに高い、と言えそうです。

僕はこれまで、自分のストーリーを自分自身で作ってきた。僕の頭のなかには、選手に復帰して、さらに監督になるまでのストーリーが見えていた。(『スリルライフ』より)

自分の人生を一つのストーリーだと感じられる人は、そうそういるものではありません。自己肯定感が低く、自分に自信のない人は、人生を振り返ったときに「ああ、どこで間違った道を選んじゃったんだろう」と迷いがち。それではストーリーになりえない。

新庄さんは、たくさんの失敗をストーリーに織り込みながら、「あの失敗があったから、いまの自分がいる」と明確にストーリー展開しています。失敗を自分の責任と受け入れて前に進まない限り、その後の人生にストーリーを予感することは難しいと思います。

新庄少年は親から否定されずに育ってきたのか、あるいは親の言うことにいちいち左右されなかったのか。いずれにせよ、幼少期の高い自己肯定感をそのまま持ち続け、歓喜の雄叫びをあげられる大人になった、そんな印象を受けますね。