プログラマーとして働きながら、妻と息子を養う。四十路に入り、戦争から足を洗ったはずの「伝説の狙撃手」は今、過酷な戦場であるウクライナにいる。いったい何が彼を突き動かしているのか?
死の臭いが漂う中で
想像する。数百m先の空気の流れを。アサルトライフルを持った敵兵の動きを。そして、撃ち出された銃弾が描く美しい軌道を。
「風がある。左4、モア」
隣で双眼鏡を覗く観測手が囁いた。指示を聞くや否や、頭の中で必要な動きを計算し、銃身を僅かに修正した。
息を止めて、1秒。引き金を引く。高精度ライフル「マクミランTAC-50」が火を噴いたその瞬間、激しい反動が全身を駆け巡る。

「ヒット!」
観測手の声を聴いて初めて、狙撃が成功したことを知る。鈍い金属音を響かせながら、薬莢が地面に転がった。触れるとまだ熱を持っていて、黒く焦げている。硫黄の臭いがした。死の臭いだ。
これだ、これこそが戦場だ。狙撃手は次の敵を撃つために、素早く新しい弾丸を装備する—。
伝説のスナイパー「ワリ」がポーランド経由でウクライナにやってきたのは、3月頭のことだった。40歳のカナダ人で、名はオリバーという。もともと「オリ」というあだ名があったが、アフガニスタン人から「ワリ」と呼ばれるようになり、この名で知られている。