ニュースで報道される、「新型コロナウイルスの飛沫拡散実験」や「自然災害の大規模数値シミュレーション」、「ゲリラ豪雨予測」などで、頻繁に出てくる「富岳」の名前。日本を代表するスーパーコンピュータで、本格共用開始前の2020年6月、11月、そして共用開始後の2021年6月、11月のスパコン性能ランキングで4期連続4冠(4つのランキングで世界一)を達成。その実力は、2位以下とは桁違いと言われるほどぶっちぎりの実力だという。世界で称賛される「富岳」だが、どんなにすごいのか、はたまた何ができるのか、その実力は広く一般的には知られていない。

前編では、富岳の総責任者である理化学研究所・計算科学研究センター長の松岡聡氏に、「富岳」の桁外れな設備やダントツ世界一の性能について話を伺った。後編では、この「富岳」を使っていったいどんなことが行われているのか、どのように利用されているのかについて、素朴な疑問を糸口にわかりやすくご紹介していきたい。

 

完成前から稼働。その大きな理由は「新型コロナ」

「富岳」開発の歴史を調べていてひとつ疑問が生まれた。「富岳」は2021年に共用開始することになっていたのに、2020年から使用を開始したとある。これって「富岳」が作りかけでも使えたってこと?

「2019年末から「富岳」のCPU 筐体の一部を当理化学研究所計算科学研究センターへ搬入・設営しつつありましたが、すべての筐体搬入が完了したのは2020年5月のことで、そこからも2021年3月の本格共用まで、ケーブルや配管の接続からはじまり、様々なハード・ソフトの調整やバグ出し、更には最終試験まで、本来長い期間が必要でした。でも筐体も全部はそろっておらず、調整やテストも全く済んでいない状態でしたが、前月4月から「富岳」を前倒しで使い始めました。これは2020年初頭に新型コロナウイルスの流行が始まって、世界中で重症者や死者が多数出はじめたことが理由です。

新型コロナウイルスによる感染を食い止めるため、世界中の研究者が研究に取り組み始めたわけですが、日本では文部科学省の施策として完成前の「富岳」を新型コロナウイルス対策のために予定を前倒しにして使用することが決定されたのです。スタート時は5つのテーマで計算が始まりましたが、同年11月にはテーマがもう1つ増え6つになりました。

新型コロナウイルスに関するテーマで、国民のみなさんによく知られているのは様々な社会的シチュエーションを想定した新型コロナウイルスの飛沫拡散シミュレーションでしょうか。マスク着用の効果を伝えるニュースなどで、数多く目にする機会があったのではと思います。

ほかのテーマとしては、新型コロナウイルスそのものの性質解明のほか、治療薬となりうる物質の探索などがあります。治療薬となりうる物質探索は、世界中のすでに使われている薬の中から、新型コロナウイルス感染症に効く薬を探し出そうとするものです。「富岳」が作り出したバーチャルな実験室上で2000種類もの薬を調べた結果、新型コロナウイルスの増殖を抑えるのに有望そうな数十種類の薬を見つけ出しました。この手法は新型コロナウイルス感染症以外の病気に効果がある薬を探すのにも今後、役立ってくれそうです」(松岡さん)

多くの人たちの思考や生活様式が変化した新型コロナウイルス。その性質解明などにも「富岳」は役立っている。photo/iStock