2022.04.03

ラーメン二郎に通い続けると聞こえてくる「やさしさ」という“二郎の基本精神”

「たくさん、食っていきなよ」
堀井 憲一郎 プロフィール

時給330円というのは、1970年代の時給である。

3時間働いて1000円、という賃金だ。1970年代前半から半ばころの学生アルバイトの時給はそんなものだった。

1978年、東京に出て来た直後、印刷会社での安いバイト料金がまだ300円台だった。

たしか9時間働いて日給3500円くらいで、時給400円にならないのか、とおもった覚えがある。ただこの工場は、朝から9時間働くと、その日のうちに日払いで払ってくれるのだ。

いわゆる取っ払い。日雇いバイトである。

手持ちの金がなく、すぐに欲しいとき、時給が安いとわかっていてもその仕事にいった。機械から出てくる印刷物を次の機械に運ぶというかなり過酷な労働だったけれど(機械が停止しないかぎり休めない)、でも日払いの魅力には勝てなかった。

それが1978年の300円台の仕事であった。

 

まだ日本が貧しかった頃

ラーメン二郎の総帥が、時給330円と行ったのは、もちろんその場でおもいついた冗談だったのだとおもうけど、だからこそ、ラーメン二郎初期のころ、1970年代のアルバイトの時給をおもいだしたんじゃないかなとおもった。そのころは夫婦で店を回していたらしいので、あくまでどこまでも推測にすぎないんだけれど。

時給300円台の1970年代、日本はまだどこか貧しかった。

もう貧しくないとは言っていたが、それは1940年代の地獄のどん底の時代と比べればましになっていただけであって、さほど裕福ではなかった。若者にまで潤沢にお金はまわらない。いつもそんなに腹一杯に食事できていたわけではない。

関連記事