2022.04.03

ラーメン二郎に通い続けると聞こえてくる「やさしさ」という“二郎の基本精神”

「たくさん、食っていきなよ」
堀井 憲一郎 プロフィール

1978年や1979年ころ、私は金がないから、学生食堂でライス80円と卵30円だけ、合計110円で一食済ませたりしていた(これを繰り返しているとさすがにクラスで話題になってしまったが)。

コンビニエンスストアがなかった。

ぼつぼつ出始めていたころだ。

当時、高円寺に住んでいて、24時間営業のスーパーが出来たときいて、それは便利だと片道25分かけて買い物にいったことがある。これは便利なものが出来たもんじゃ、と感心していたのだが、東京の杉並区の高円寺なのに、いちばん近くのコンビニまで往復1時間ほどかかっていたのだ。1980年のことである。

普段使いできるわけではない。

コンビニが増えていったのは1980年代も少し進んでからである。

1970年代は、つまり「おにぎり一個だけ買う」ということができなかった。スーパーでおにぎりは売ってなかった。ちなみに「有料の水」「有料のお茶」も売ってなかった。

 

ラーメンをあまり食べなかった時代

安くですませる外食どころも少なかった。

大学の生協食堂とか、学生食堂とか、大学周りのご飯の盛りのいい店に通っていた。麻婆豆腐をぶっかけただけの「スタミナライス」の店もよく行っていた。生卵入りがナマスタ、茹で卵入りがユデスタ。

あとは、吉野家か王将である。

マクドナルドは腹がいっぱいにならないからあまり行かなかった。

同じ意味で、ラーメンも行かなかった。

ラーメン単体だけでは腹いっぱいにならない。

ライスをつけても物足りないし、半チャーハンや餃子など贅沢で、とても手が出ない。

だから、学生時代にラーメンを食べた記憶がほとんどない。

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