2022.04.03

ラーメン二郎に通い続けると聞こえてくる「やさしさ」という“二郎の基本精神”

「たくさん、食っていきなよ」
堀井 憲一郎 プロフィール

慶応の三田校舎に通っていればラーメン二郎に行っていたのかもしれないが、電車にのって食事に行くという贅沢がそもそもできない。

そのころの高田馬場のラーメンといえば「えぞ菊」だったのだが、これによく通うようになったのは大学を卒業した1980年代半ばになってからである。

 

あの頃「無限ライス」があったら…

大学時代にあまりラーメンを食べていない。

お金がもったいなかった。それが昭和の貧乏学生である。

ラーメンは趣味の食べ物、ないしは軽食、部活帰りに夕食までのあいだをつなぐもの。それが昭和の「ふつうのラーメン」への認識である。

いまのように「家系ラーメンに無限ライス」という組み合わせがあったら、毎日のように通っていただろう。ラーメン前に丼めし1杯、ラーメンで丼めし3杯たべて、それで一日済ませられる。

無限ライスという言葉は宇宙の果てまで行けそうな気がして魅力的である。50円で宇宙の果てだ。すばらしい。

だから、その時代に始められたラーメン二郎は「ラーメンだけで腹一杯になってくれ」と訴えているように見えるのだ。

もっと食えるならどんどん食ってみないか、というのが店主の気持ちも伝わる。

若い人は腹が減るんだから、食べられるときに食べられるだけ食べたほうがいいよ、というメッセージである。

昭和の学生に対する、昭和の心持ちだ。基本はやさしさにある。

ラーメン二郎に感じるのは「とにかくラーメンだけで満腹させたい」という力ワザである。

ラーメン「だけ」というのが大事なのだ。

ラーメンと何かの組み合わせ、餃子とかライスとか、ないしは半チャーハンとか、そういう組み合わせではなく、ただひたすら、ラーメンそのものだけで若者を腹一杯にさせてやろうじゃないか、という「意地」である。二郎の親っさんの意地なのだろう。

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