公明・山口那津男代表が赤裸々に語った「立憲」「共産」「維新」の実態とは

田原総一朗が直撃
公明党の前身である「公明政治連盟」がつくられたのは1961年のことだ。翌1962年に開かれた第1回全国大会で、創価学会・池田大作会長(当時)は、後の公明党の立党精神とされる「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」との言葉を掲げた。

それから60年、自民党と連立政権を組む公明党は、何を目指しているのか。公明党の山口那津男代表が田原総一朗氏のインタビューに応じた近刊『今こそ問う 公明党の覚悟』(毎日新聞出版)は、2021年の衆院選を振り返りつつ、ポストコロナ時代の社会・経済をどう公明党が再構築しようとしているか、山口氏が赤裸々に語っている。

公明党はどう独自色を出していくのか? 同書のなかでは野党についても、ふんだんに山口氏は語っている。今回はそのエッセンスを紹介しよう。

衆院選で立憲民主党が完敗した理由

田原 ワクチン接種の追い風もあり、自民党は単独過半数を得て、公明党も票を伸ばしました。世間は自民・公明が勝ったと見ているようだけど、僕はそう思っていない。これは、野党が負けたんだと。象徴的なのが立憲民主党。110議席から96議席に減らしてしまい、その責任を取って枝野幸男代表と福山哲郎幹事長が辞任することになった。僕はその最大の原因は、立憲民主党が共産党と共闘したことじゃないかと見ていますが。

山口 率直に言って、この共闘は有権者には受け入られなかったと思います。特に立憲民主党の支持団体である連合(日本労働組合総連合会)が、はっきりと違和感を示してきました。そもそも歴史をたどれば、共産党系の労働組合と連合の労働組合は長い間争ってきたわけです。連合からすれば、長年敵対し合ってきた共産党といきなり共闘すると言われても、支持しようという気持ちにはとてもなれなかったのではないでしょうか。

(c) 毎日新聞出版(c) 毎日新聞出版
 

田原 ただね、僕はこの共闘については、枝野さんにも志位(和夫・共産党委員長)さんにも何度も取材をしました。共産党は立憲民主党に対して選挙協力は全面的にする、ただし政策についてはまったく関与しないと言った。これならいいんじゃないかと思うんだけど、やっぱりダメですか。

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