ロシアのウクライナ侵攻を、「プーチンが悪かった」だけで終わらせてはいけない理由

1日も早い停戦合意が望まれる
ロシア軍の攻撃が続き、ますます悲惨さを極めているウクライナ情勢。3月29日からは、トルコにて両国の代表による停戦交渉が進められています。1日も早い停戦が望まれる一方で、なぜこのような事態に至ったのか、経緯と背景を理解しておく必要があるのではないでしょうか。国際政治学者の羽場久美子氏がウクライナの独立にまでさかのぼって解説します。

東西に分断された国家

ウクライナは歴史的にも民族的にも、西と東に分断されている国家だ。20世紀初頭までは西側はポーランドやハンガリー、あるいはその前はハプスブルグ帝国の版図に入っていた。

一方で東側は長らくロシア帝国領であったため、西と東で意識がまったく違う。西部はカトリック教徒が多くヨーロッパ意識があり、東部はロシア語話者が3割、正教徒が多く、ロシア文化圏に属していた。さらに南部は海洋商業地域ということで、ユダヤ人、ムスリムなど多様な民族が黒海で活躍していた。

首都キエフを流れ、東西ウクライナの境界線となっているドニエプル川[Photo by gettyimages]
 

なおウクライナ全土がソ連邦の支配下に入ったのは1945年に終わった第二次世界大戦の結果で、その後1991年のウクライナやベラルーシの独立によってソ連邦は解体した。

ここで重要なのは、豊かな農業国であるウクライナが、現在も過去も繰り返し周辺の大国によって蹂躙されてきたという歴史だ。スターリン時代には「ホロドモール」と呼ばれる大飢饉により、数百万人が餓死することとなった。また第二次世界大戦期にも、ドイツやポーランドによって多くの人々が殺害された。

そんなウクライナは、ロシアの「やわらかい下腹」とも「ヨーロッパのパンかご」ともいわれてきた。つまりウクライナは、ロシアにとっては安全保障上の死活地域であり、また豊かな食糧庫でもあるということだ。

さらに南部のクリミア半島の戦略的役割はきわめて重大だ。ロシアに主要な不凍港(冬でも海面が凍らない港)は3つあるが、中でももっとも重要な港がクリミア半島の南端セヴァストーポリだ(他の2つは、東のウラジオストクと北のカリーニングラード)。

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