2022.04.20

長編小説は怖くない!「難解な大作」を読破するための簡単なコツ

ドストエフスキー研究者直伝
一念発起して大部の書にチャレンジしたものの、途中で挫折した経験はありませんか? 長い固有名詞、難解な言い回し、そんな大作を読み通すためにはどうすれば良いのでしょうか。
ロシア文学者の亀山郁夫氏が教養について書き尽くした最新刊『人生百年の教養』から、亀山氏の人生を変えたドストエフスキー『罪と罰』との運命的な出会いと、難解な長編小説を完読するためのシンプルにして重要なコツを紹介します!

『罪と罰』の衝撃

中学三年の夏休みにドストエフスキーの『罪と罰』を手にできたのは、多少、大げさですが、運命としかいいようがありません。

ともかく出会ってしまった。読んでしまった。

 

なぜ読んだのかと言えば、タイトルの「罪」という言葉に惹かれたのです。最初に手に取ったとき、「これは何の本だろうか?」と思いました。分厚い本でしたので、法律の本だろうか、と一瞬、躊躇を覚えたほどです。しかし一ページ目の内容は、どう見ても法律書ではありませんでした。

「罪」という文字に惹かれたことは、自分のなかの何か原罪意識みたいなものがひそかに渦を巻いていた証だと思います。その原罪意識とは、性に対する関心です。性に対する関心が小学校三、四年生くらいからはっきりと強まっていき、中学生のときにはそれが「性的欲望」という名をもつものであることをしっかりと自覚していました。

ちなみに性的なものの魅力に触れた最初のきっかけは、『禁断の惑星』という当時としては、非常に人気のあったSF映画です。三兄に連れられて観にいきました。幼いころのエロティックな光景の原型です。ロボットに抱きかかえられた美しい女性のポスター。あれは、誰だったのでしょうか。禁じられたものに欲望を抱いたという自覚が罪の意識をめざめさせたのです。

『罪と罰』を本棚から手にとった私は、五、六ページ読んでみて、「これは小説なんだ」と理解しました。当たり前の話ですが、しかし私にとってそれは、蠱惑(こ わく)的ともいえる発見でした。

全体の三分の一にも届かないところで、主人公ラスコーリニコフによる老婆の殺害の場面が出てきます。そのときに経験したのは、ほとんど性的な体験に近い興奮でした。

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