2022.04.25

外国語大学 学長が警鐘を鳴らす「英語を学ぶことで失ってしまうもの」

英語以外のことをしなさい!
英語を学ぶことで、国際的な教養人になることができるでしょうか? 東京外国語大学の教授、学長を歴任し、現在は名古屋外国語大学の学長を務める亀山郁夫氏は、英語を学習することの弊害を指摘します。
ドストエフスキー研究の第一人者である亀山氏が教養について書き尽くした最新刊『人生百年の教養』から、外国語を学ぶ際に認識しておくべき教養の本質について紹介します!

幼児期からの外国語教育が生む問題

かつて、十八、十九世紀のロシアの社交界で用いられていた共通語はフランス語でした。トルストイの『戦争と平和』のページをざっと繰ってみるだけでも一目瞭然です。

ドストエフスキーは英語こそできなかったものの、フランス語に堪能でした。原語でもってヨーロッパ文化の精華を吸収することができたのです(ドイツ語はあまり得意ではなかったようです)。バルザックやルソーを原語で読み、自力で教養を高めていきました。

ところが、ドストエフスキーは、幼いころから外国語の教育を受けることがはらむ問題性にも注意を払っていました。たとえば、『悪霊』では、長いヨーロッパ生活のなかで郷里を失ったデラシネ(根なし草)のごとき人間の悲惨さを描いていますが、彼らに共通して現れる特徴が、母語の崩壊です。

ドストエフスキー自身は、幼年期からの豊かな読書を通して十分な国語力(母語)を身につけ、フランス語を学び、ヨーロッパ文化を吸収しましたから、そうした悲惨さを味わうことはなかったはずです。他方、彼はデラシネのごとくヨーロッパを放浪する貴族たちを見守りながら、母語の能力を保つことがどれだけ大切かということを、一作家としてはっきり認識していました。

そのことを認識したうえで、外国語を学ぶ根本的な意義に立ち返ってみましょう。

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