2022.04.14

「隠れ身の術」はこうやっていた…! 「本物の忍者」の“意外な実態”とは

最新の研究が解き明かす
飯田 一史 プロフィール

伊賀・甲賀とウクライナは置かれた環境が似ている

――どういう人が忍者になっていたのでしょうか。

山田 伊賀や甲賀では「土豪」と呼ばれる、その土地の有力者がやっていたようです。全国に忍者はいたわけですが、伊賀・甲賀以外では盗賊が忍者をやっていることも多かった。しかしそうした人たちは忍術書を著していないんですね。遺しているのはほとんど伊賀・甲賀だけと言っていいくらいです。ということは、伊賀・甲賀の忍者はとりわけ知的能力も高かったのだと思います。

なぜそうなったか。伊賀・甲賀は幾内と幾外の境界の地にあるんですね。ロシアがウクライナに侵攻したのは西側勢力との緩衝地帯、境界地帯であったからこそですが、ある意味では立場が似ています。境は紛争地帯になりやすいですから。そしてそういう環境だからこそ忍術を発達させて諜報活動を行い、両方を睨みながら自衛し、また、傭兵として様々なところに赴くことをずっとやってきたのだと考えられます。

今回の戦争では情報戦の面について多くの人が認知しましたが、忍者も情報を使って勝つことに重要な役割を果たしていました。「戦わずして勝つ」ことが一番いいわけですから、そのためにどのように相手を落とすか、恐怖を与えて逃亡させるか、あるいは味方が打撃を受けずに城を乗っ取るかといった戦略上の優位性を得るために動いていたんですね。

たとえば忍術書には、田んぼの見方も書かれています。田んぼがぬかるんで足が沈んでいく場所なのか、それとも走り抜けられるのかを事前に見分けておくことは軍事上、非常に重要だったからです。実際に戦うのは武士ですが、その前に地形を見極め、相手の兵糧の状況を知ることが忍者の仕事でした。相手の兵力に関する情報がなければ、いくら大将が有能でもどうにもならないわけです。

[PHOTO]iStock
 

――戦力差でロシアに劣るウクライナの善戦には少なからず情報の力で勝っていたことがありますものね。

山田 かつては近世史で戦争の研究といえば武将研究がほとんどでしたが、そういう人たちが判断を下す情報を集めるには優秀な忍びが必要だったんですね。

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