大物政治家に嘘の告げ口…女性記者の行手を阻む「男性の嫉妬」

「女に政治はわからない」のメカニズム
「全国紙で初めての女性政治部長」として第一線で活躍してきた毎日新聞の佐藤千矢子さん。男性社会である新聞社の政治部で、彼女が経験したさまざまな理不尽を振り返り、男性優位社会に対する提言を行ったのが、現代新書の最新刊『オッサンの壁』です。
今回は、そんな同書から、同業の男性記者からはめられた佐藤さんの経験を語ったパートをお届けします。

男性記者の嫌がらせ

男性記者たちにとって、若くて経験の浅い女性記者が、会社から選ばれた優秀な自分たちと肩を並べようとしていることは、さぞかし目障りだっただろう。嫌がらせもあった。

ある時、国対委員長から昇格した梶山静六幹事長が、忙しい中で週末にゴルフに行くという私的な日程と、そのことに触れた記者懇談の内容が、週刊誌に漏れて掲載されたことがあった。当時、私は番記者の間で順番に回していた幹事社にあたっていて、梶山氏がゴルフに行く日程を前もって知らされていた。そのことが利用された。

ある記者が梶山氏に「佐藤さんが週刊誌に懇談内容を漏らしたようだ。週刊誌にはゴルフの日程まで書いてあり、その日程を知っていたのは彼女だから」と告げ口したらしい。

国会の廊下で、私は梶山氏から問答無用で「あんたが漏らしたのかっ」と大声で怒鳴られ、釈明する羽目になった。けれども「瞬間湯沸かし器」のあだ名があるように、激高して手がつけられない状態の梶山氏は、聞く耳を持たない。後に、ようやく怒りが収まったころ、梶山氏の周辺の人が「あれは誤解です」と取りなしてくれたそうだ。そして「あなたは、はめられたんだよ」と教えてくれた。

記者同士で「はめる」「外す」は相手が女性記者でなくても起きることだが、やはり女性記者だから目障りで標的にされやすく、政治家も男性記者の言い分を信じるという面はあっただろう。

女性が出てくると叩くという男性は、いくつかのタイプに分かれるように思う。

一つは、男尊女卑の文化の中で育ってきてミソジニー(女性嫌悪、女性蔑視)が染みついているタイプだ。これはなかなか直らないので、残念だが放っておくしかない。そんな男性にかまっている人生の時間がもったいない気がする。男性がそれ以上、出世しないことを祈るだけだ。

二つめは、競争を勝ち抜くために、足を引っ張りやすい女性を外そうとするタイプ。この本の「はじめに」の冒頭で紹介した大手新聞社の男性政治記者は「大勢いる担当記者の中から抜け出して政治家に食い込むために、まず女性記者から外す」と言っており、このタイプに当たる。

三つめは、前者二つのタイプと重複する部分はあるが、女性の進出によって、男性優位の社会や文化が変更を迫られることを嫌うタイプだ。男同士のホモソーシャルな世界でうまくやってきたのだから、女性が出てきてかき乱したり、邪魔をしたりしないでほしい、と考えているように見える。

私をはめた男性記者は、この三つの混合型のように見えた。

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ただ、「あれは誤解です」と取りなしてくれたのは男性の関係者だったし、私が意気消沈しているところを国会中を駆け回って探してくれて「今夜は夜回りをさぼってカラオケで歌いまくろう」と飲みに連れ出してくれたのも他社の2人の男性記者だった。周りには良くも悪くもオッサンしかいなかった。

私の知り合いの政治部の女性記者で、自民党の清和研(森派、現在は安倍派)担当だった人がいるが、彼女も男性記者同士のボーイズクラブのような世界で苦労した一人だ。番記者仲間の中で、女性は彼女と民放テレビ記者の2人だけだった。民放の女性記者は、ある大物政治家によく食い込んでいたため、彼女は男性記者たちから「君も少し見習って、政治家には上目遣いをしたほうがいいぞ」などと、からかわれていたという。

ところが、ある日、その民放記者が、大物政治家が密かに料亭で別の政治家と会っている映像を独自に取材して放送した。すると何人かの男性記者たちは、翌日から民放の女性記者を無視し始めたのだという。無視するというのは、番記者同士で共有する政治家の日程や連絡事項などを教えないということだ。

それまで普通に付き合ってきたのは、「どうせ女を武器に食い込んでいるんだろう」とでも思っていたのだろうか。それが仕事上のライバルになったと思った途端、自分たちを出し抜くことは「許せない」と考えたのだろう。これは、前述した「女性が出てくると叩く男性」の三つのタイプのうち、二つめと三つめの混合型のように見える。そこに「男の嫉妬」が加わる。

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