認知症大国・日本が向かうべき、「認知症フレンドリー社会」のリアル

【対談】南杏子×笠貫浩史
現代ビジネス編集部

支援のあり方が形式的なものと感じられてしまうと、当事者の立場にたった支援にはならないのでしょうね。昨今よく「水平性の関係」と言われますが、これは認知症を持つ人と持たない人とが「その場に共に居て、何かをする」ということを続ける営みを指しているのだと思います。

例えば自治体のなかで一緒に竹林の保全作業に取り組んだり、企業が積極的に参入して皆で「認知症カフェ」という茶会を催す、認知症の人が困らずに買い物を楽しめるスーパーマーケットのあり方を皆で考える、などです。「認知症フレンドリー社会」の実現ですね。

50年前からの大きな変化

:オランダに「アルツ村」のような、認知症の患者さんたちの暮らす町があります。町中の表示やお店がわかりやすいようになっているとか、介護スタッフやヘルパーがさりげなく配置されているとか、そういう緩い支援さえあれば生きていける人の町です。

ただ、歳を取ってから環境がガラリと変わると、どこに何があるのか覚えられなかったりして、すごく生活がしにくくなってしまうことがあるんですね。そういう認知症専門の町に行かずとも、たとえば朝になれば畑に行って、時分どきになれば台所に立って食事の支度をして、というシンプルな田舎の暮らしを続けている人は、認知症を発症しても大きな問題なく、ずっと暮らせていたりします。

 

笠貫:そうですね。認知症になると「生活に支障を来たす」と言われますが、生活の在り方を社会のなかで捉え、皆で考えてデザインし直すことで見えてくるものは沢山あると思います。

『恍惚の人』では、認知症を持った「茂造さん」の心の内面は殆ど描かれませんでした。しかし『アルツ村』では、認知症の人たちがとても闊達に語っています。認知症の人の語る言葉が社会に届くようになった。それが50年の間でもっとも変化した点ではないか、と再認識しました。

認知症に限らず、他者の心の内面を想像することは決して簡単な作業ではありませんが、ときにその想像力がきっかけとなって心が通い合うことがあります。イマジネーションは国境も年齢も病気も越えて、社会に潤いを与えるものだと思っています。

©講談社
南杏子(みなみ・きょうこ)
医師、作家。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入。卒業後、慶應義塾大学病院老年内科などで勤務したのち、スイスへ転居。帰国後、都内の高齢者向け病院に内科医として勤務するかたわら『サイレント・ブレス』で作家デビュー。他の著書に『ディア・ペイシェント』『いのちの停車場』『ヴァイタル・サイン』などがある。
笠貫浩史(かさぬき・こうじ)
精神科医。専門領域は認知症、老年精神医学。順天堂大学医学部を卒業後、総合病院等の勤務を経て2015年から2年間米国メイヨークリニックに留学し、レビー小体型認知症の神経病理学的研究に従事。現在は聖マリアンナ医科大学病院神経精神科で診療にあたっている。日本老年精神医学会、日本認知症学会などに所属。
そこは楽園か、それとも……。高齢者だけが身を寄せ合って暮らす山間の村の「秘密」を描いた、南杏子さんの新刊 『アルツ村』は全国の書店・ネット書店にて好評発売中!

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