お風呂でラーメンを食べている写真をアップしたら

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呪いの言葉に縛られず、独身だったり、人妻だったり、母だったりしながら、ひとりの人間として尊重される社会になってほしいと切実に願う。

私は、自分の言葉で発信できる立場にあるおかげで気を遣ってもらっていたのか、はたまた、こいつには何を言っても無駄だろうと諦められていたのか、既婚女性として、決めつけや既存の役割に押しこめてこようとする人に会うことは、かなり少なかった。言葉に慎重な人が増えたとはいえ、かなり特殊なケースだと思う。

だが、これが「母」という肩書きとなれば、罰則的な言葉は桁違いに増えるだろう

先日、お風呂でラーメンを食べている写真をSNSにあげたとき、「ラジオを聞いて 応援してたけど、これ見たら 何だか騙されてた気分。もしも、妊娠して出産して、お子さんが幼いうちに逝ったとしても『まぁ、そりゃそうだ』って思うしかない」とコメントがきた。

「何やってんだよ、バカだなぁ」くらいの反応がくるのかと調子に乗っていた私は、これまで感じたことのない速度で血の気が引いていくのを感じた。ディスりコメント耐性のある私でさえ、3日は落ち込んで、酒が喉を通らなかった。

写真提供/バービー

人妻というハードルを越えたと思ったら、すぐさま「母」という比べものにならない壁が向こうからタックルしてきた。受け身の準備がないときに攻撃されると相当こたえる。

母は偉大というけれど、子育てのみならず、世間からこれほどまでに、重圧を背負わされ、がんじがらめになってまで笑っているんだから、そりゃ神が仏かと思ってしまう。何言っても大丈夫。母は強し。と、こうやって勝手な母性の神格化が始まるのだなと、ぬるりと腑に落ちた。

不安要素は尽きない。改めて、家庭生活は、対社会との闘いなんだなぁと思う。