2022.04.29

病、獣、女…妖怪・怪異は何をあらわし、人々は何を恐れてきたのか?

なぜ名前を付け、絵にしてきたのか
飯田 一史 プロフィール

「納得」を与える物語としての憑物

――ではどんな霊が取り憑いていたかと言うと犬神や狐のような動物の霊が取り憑く現象が広く見られたと。おそらくそうした動物は災いをなすもの、恐怖の対象と捉えられていたわけですよね。

安井 はい、それらの動物は、現代のペットや鑑賞対象としてイメージされるような存在ではありませんでした。

かつては、具合が悪くなると、村にいる民間の祈祷師や霊感の強い人にお祓いをしてもらうこともありました。そこで「狐に憑かれている」などと宗教者に宣告されると、「やっぱりそうなんだ」と納得をする。そして、宗教者が儀礼を行うことで悪霊が身体から出て治る、という一連の「物語」が成立していました。その歴史的な背景として、平安時代の密教の興隆とともに、密教僧などの宗教者が悪霊の調伏儀礼を担っていたことが明らかにされています。

[PHOTO]iStock
 

――当時の人々にとっては実際に治るかどうかよりある意味では「納得感」、気持ちの上で受け入れられるかの方が重要だったのだろうと考えると、コロナ禍でも科学的にどうかということとは別に、人を納得させる物語をどう流通させるかも大事なんだろうなと改めて気付かされます。

安井 祈祷師から「犬神に憑かれている」などと言われていた症状が、近代に入ると医者から「精神病です」と告げられるようになり、憑き物から近代医学へとラベルの貼り替えが行われました。しかし、ラベルが貼り替えられたからといって、症状がよくなるわけではありませんでした。

1930年代に、「蛇が女性器を襲う」という語りが流行ります。この時も、治療にあたったとされたのは、祈祷師ではなく医者でした。「女性器に蛇が侵入する」という伝承は、12世紀前半に成立した『今昔物語集』にも見られます。1930年代の語りの中では、近代医学を身に付けた医者の存在が事件に信憑性を与え、重要な役割を果たすようになっています。

しかし、たとえ「犬神に憑かれている」というような、今の感覚で言えば非科学的な見立てであっても、言われた本人が納得して調伏儀礼を依頼したり、何か行動を変えたりすれば、症状が変わっていくこともあったと思いますし、逆もしかりです。納得できる物語を提供することは、治療のプロセスにおいても重要です。もちろん、近代以降は多くの人にとって納得できる物語は病気の名前であり、医学が中心とはなりますが。

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