2022.04.29

病、獣、女…妖怪・怪異は何をあらわし、人々は何を恐れてきたのか?

なぜ名前を付け、絵にしてきたのか
飯田 一史 プロフィール

時代を超える「蛇に襲われる」という語り

――犬神、狐、狸など以外に、蛇も怪異として頻出するものですよね。女性が狙われる場合もあれば(この場合は男性器の象徴でしょうが)、中世から近世にかけては女性が怒りと恨み、嫉妬の念によって蛇に化けて男を襲うはなしが多数語られていた、と本にありました。爆発した感情も「目に見えない」おそろしいものですが、それが蛇というかたちで表象されたと言いますか……。

安井 蛇は、江戸の怪談などでは女性の嫉妬や妬みを象徴するもので、無意識のうちに女性の髪の毛が蛇になって攻撃をしかけるといった、人類学でいうところの「ウィッチクラフト」(妖術)のような物語もありますね。ギリシア神話に登場する、髪の毛が蛇となったメドゥーサを彷彿させます。蛇は、一方で土地やあの世を支配する存在としても信仰されてきました。

近世社会の中で女性の置かれた、社会的に不利で劣位な立場を考えると、「蛇になって人を呪い殺した」という物語を読むことで、同様の心境にある読み手は共感を得て、心を落ち着かせるところがあったかもしれません。物語がなければ彼女たちが味わっていた負の感情は持って行き場がなく、それゆえ、物語はいっそう人気を博していった。負の感情を抱えたままでは、現実世界で暴力を振るったり、失踪したりという直接的な選択肢を選ばざるを得なかったかもしれません。

[PHOTO]iStock
 

そのことも重要ですが、「蛇に狙われる」といった語りは、時代や地域に応じて紡がれてきた語りのパターンであることも興味深い点です。蛇に狙われた話は、身近なところに蛇のいた時代、多くの人々に「その話なら自分も語ることができる」と、語りを誘発するような「型」だったのだろうと思います。

たとえば先ほど挙げた1930年代の「野外で昼寝していた女性が、蛇に女性器を狙われて亡くなった」という語りは、当時の聞き手には「本当にあったかもしれない」と想像力を掻き立てられるものだったと思います。似たような話を聞いたという体験談が、マムシやアオダイショウなど蛇の種類を変えて、次々と雑誌などに投稿されているからです。

女性が野外で昼寝するという無防備さは、当時の野良仕事では見られたことだったのでしょう。昼寝の間に「男性に襲われる」という身も蓋もない語りではなく、古代の仏教説話や中世の『今昔物語集』などの「蛇に襲われる」という物語が採用されたことがポイントだと思います。

――なるほど、蛇以外には置き換えられない何か、「蛇に襲われた」という語りが惹きつける何かがあると。

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