兄の存在に変化が

高校入学前の制服や教科書販売。保護者説明会。入学まで様々な行事があったけれど、母と私はほとんど口を聞かなかった。学校生活が始まってすぐに、クラスは違ったが中学でのいじめっ子が同じ学校と判明し、落ち込みもした。

驚いたのはこれまで避けてきた兄が、高校で常に成績トップの優秀生ということだった。商業科なので、専門科目は兄と先生が重なることもあり、「あの若林の妹か!」と言われ、兄の優秀さを聞かされては比べられた。それは、母から以上にプレッシャーとしんどさもあったが、同時に、私の兄への認識が大きく変わることにもなった。

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小さい頃から、兄と私はは全く仲が良くなかった。母が兄のことを宝物のように扱っていたし、我が家は男尊女卑の家。兄は家事は一切やらなくていいし、欲しいものは買ってもらえた。

また、兄は私の年子で身体の弱い妹を猫かわいがりしていた。例えばおやつの時にも妹が欲しいと言えば自分の分のおやつを分け与えた。1歳しか違わないのに私も欲しいと言っても「お前にはやらん」と言っていたのに。

幼い頃は母はなんでも手作りで完璧に家事をやっていた。手作りケーキのおやつもよく出ていて、兄は妹によくおすそわけしていた Photo by iStock

3きょうだいの真ん中の私は、お兄ちゃんと比べて「女だから」「妹だから」と言われて望みを聞いてもらえなかった。
妹と比べて「お姉ちゃんなんだから」「元気なんだから」と言われて望みを聞いてもらえなかった。
こうしていろんな我慢を強いられてきた状況を、兄も後押しをしていると感じていたのだ。

ただ、そんな兄も、私の状況とはまた別の「辛い境遇」にあることもわかるようになっていった。
父は母と真逆で、「男なんだから」と兄には厳しかった。兄は父に一緒にキャッチボールをしてほしいのに父からは断られてはひとり壁当てをしていた。
母からはひいきされて野球に関するものは買ってもらっていたから、幼い私の眼には兄はズルいとしか写っていなかった。しかし、父に「男なんだから」と剣道をやらされ、正座して行儀よくすることを求められていた。これは暴力こそないが、私がバレーボールを強要されることと同じだったのだ。